2018年10月24日水曜日

【報告3】今回も、 「国敗れて、命あり」を貫いた原告(代読)の意見陳述(2018.10.16)

今回もまた、福島原発事故の渦中にほおり込まれた中で命を求めて必死に生きた経験を切々と綴った原告の意見陳述(ただし、当日は体調不良のため、欠席。別の原告によ代読)がなされ、涙ながらに、そして被告ら代理人を凝視しながら代読する言葉と姿に、陳述を終えたあと、傍聴席からまたしても、拍手の嵐が沸き起こりました。
今回は、さすがに裁判長も制止を求める発言をしましたが、その声は優しく促すようなものでし

以下は、この原告の意見陳述。(全文のPDFは-->こちら

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                    原告意見陳述

 東日本大震災の原発事故から7年半。事故半年後の9月、夫は避難先で仕事を探すため単身で実家の長崎県に行き、残された私と事故当時小学一年生だった娘は、1年半福島県郡山市で生活をしていました。当時の郡山市は風向きの関係もあり、線量が高く不安な日々を過ごしたことを覚えています。

1年間に浴びても影響がない放射線量1ミリシーベルトが、福島県だけが20ミリシーベルトに引き上げられ何の根拠もなく『直ちに健康に影響はない』『安全』と危険なはずの放射能が『安全』な、放射線に置き換える発言やイベントを多く目や耳にすることとなり、ますます不安な毎日を過ごすこととなりました。

外遊びが大好きだった娘は段々とストレスが溜まるようになってきました。また、体を動かさない事で太ってきました。学校でも屋外活動が制限されあらゆる行事が中止となりました。

『直ちに健康に影響はない』ということや、娘が転校を嫌がっていたこともあり、郡山に留まり生活を送っていました。

原発事故直後は政府の宣伝で屋内にいれば安心と思っていました。しかし事故から3ヶ月経った頃から、屋内の放射線量も気になりはじめてきました。しかし、線量計など手には入りません。インターネットやラジオ、テレビのニュースなどで郡山市内の空間線量をチェックするしかありませんでした。

郡山市内の小中学校は東日本大震災後、そのまま春休みに入りました。新学期が始まってから、無用な被曝を避けるため、娘は車で登校するようになりました。夏でも長袖長ズボン、帽子にマスクと異様な光景です。家の中の放射能を少しでも減らしたいと毎日のようにふき掃除も始めました。娘の健康を守るため必要以上に神経質になっていたのです。原発事故から1年が経った頃から、放射能と戦う毎日に限界を感じ始めていました。2012年9月、郡山市から貸し出しができた線量計で室内を測りましたが、毎日、必死になってふき掃除をしても線量の値がさがらないのを見て、とうとう、ここではダメだと感じました。私の実家、先生、友人と離れることを嫌がる小学三年生の娘と一緒に夫の実家がある長崎県へと避難しました。娘の健康を考えると、根拠のない言葉に振り回されることで、将来的に取り返しのつかないことになってしまったらという、見えない放射能に対しての不安に襲われてしまったのです。

娘はことある事にニュースになる、福島原発の映像を見て泣いていました。小さな心を痛めていました。なぜ、娘が小さな心を痛めていたか、お分かりになりますでしょうか?福島には大切な私の実家、先生、友達が福島に残って生活しているからです。福島原発がまた爆発したら、放射能汚染が拡大したら、大切な人達の命がどうなるか、分からなかったからです。心配で心配で仕方なかったからです。

避難生活は、思っていた以上に大変でした。見知らぬ土地での言葉や風習の違いに私と娘は、逃げ場を失っていました。私達は長崎弁が話せないし、理解できなかったのです。放射能から免れ、健康的な生活を送れているはずなのに、心の中は闇でした。孤独でした。

夫の仕事は長崎県では見つからず、2014年3月末、首都圏へ移動し生活をすることになりました。言葉や風習の壁はなくなりましたが、家族それぞれが心身に病気を抱えることとなってです。

娘は、2014年夏、風邪の治りが悪くたまたま触診で首の腫れが確認され、甲状腺血液検査をすることになりました。結果、甲状腺に疾患が見つかりました。知らない土地での避難生活や東日本大震災、原発事故により発症した、心的外傷後ストレス障害。夫は慣れない土地での生活に大量の仕事を1人抱え込んだ結果、適応障害と診断されました。そして、私。2016年夏にたまたま受けた甲状腺検査で疾患が見つかりました。夫の療養で生活が激変し『男性が怖い』という気持ちがありながら業者対応が多い、住み込みマンション管理人の仕事に就くこととなりました。パニックに陥りながらも、この仕事を辞めてしまったら住むところがなくなってしまう、生活ができなくなってしまうという気持ちが大きく、家族の生活を守るために必死でした。

このような中で2014年夏、2016年夏に甲状腺疾患が娘と私にみつかり『直ちに健康に』ではありませんでしたが怒りを感じました。あの時、国が根拠なく『直ちに健康に影響はない』ではなく、子供の健康を、そして自分たちの健康を守るために『避難』を呼びかけてくれていれば少なからず健康は守れたのではないでしょうか?自分たちに厳しく国や東電が原発の管理をしっかりしていれば、最悪な原発事故を防げたのではないでしょうか?

今年の春帰省し、それまで線量を測定していた近所の公園で、「線量の測定は終了しました」と看板に記載されていたのを見て驚きました。そして、夏に帰省した時にはその看板までが撤去されてありませんでした。今、学校や公共施設に設置されている『モニタリングポスト』も撤去されようとしていることを耳にしました。福島県内に住んでいる人達は何を目安に生活していけばいいのでしょうか?避難している私達家族が心身共に病気で苦しい思いをしているのですから、福島県内に住んでいる人達は私たち以上に苦しんでいると思います。

今の私達家族は地に足がついていません。将来の不安ばっかりで大きくなっています。でも、娘の健康を守りたいこれ以上病気を悪化させたくない気持ちは変わりません。国の言葉を信じず、もっと早く避難しておけばという後悔ばかりです。

子供は国の宝ですよね?その子供達の命を健康を守るのは、大人の義務ではないでしょうか?警戒区域、警戒区域外を問わず国の責任で避難させて、子供を守ることは当たり前のことであって、避難する権利を保障しようとしないこと、命や健康を守る行動をしないことはいかがなものかと思います。

最近原発再稼働のニュースを見て残念に思っております。福島原発の事故が教訓になっていないからです。

国や福島県の方はもっと私達県民の声に耳を傾けて寄り添うべきではありませんか?子を持つ親の気持ちを考えるべきではありませんか?私たちの命や健康を守ることを優先に考えて欲しいものです。

慣れない土地での避難生活は大変です。しかし、私は娘の命、健康を守るために避難という道を選びました。でも、もっと早くすべきだったと後悔しています。

繰り返しになりますが、国や福島県は、福島県民に寄り添ってください。私たちの心の叫びに耳を傾けてください。

どうかよろしくお願いいたします。

【報告2】山下発言問題(続き):直接、山下俊一氏本人に法廷で尋問する必要性を明らかにした書面提出(2018.10.16)

【報告1】【経過観察問題(6)】経過観察問題の真相解明の意義を再確認した上で県立医大と鈴木眞一チームに症例数の回答を求める調査嘱託の申立を行ないました(2018.10.16)


 子ども脱被ばく裁判のメインテーマの1つ、山下発言問題(福島原発事故直後、長崎から福島入りして、福島県民とりわけ子どもたちに無用な被ばくを強いた重大な違法な発言をくり返した山下俊一長崎大医歯薬学総合研究科長(当時。以下、山下アドバイザーという)の発言問題) については、
これまでに、2015年9月7日付原告準備書面(5)第5で、その内容を具体的に主張し、これに対して、被告福島県が2016年2月12日付準備書面(6)第5で応答していました。

今回、この被告福島県の応答に対する 原告の反論として、

福島原発事故発生後の山下アドバイザーの発言には、科学的知見から明らかに逸脱したとしか思えない問題発言が数多く含まれており、被告福島県が「その発言の趣旨及び評価」を全面的に争う以上、その発言の真意、根拠について、本法廷において、直接、山下アドバイザー自身から確認し、「その発言の趣旨及び評価」を正しく判断する必要がある。》(準備書面(60)の3、結語) 

を具体的に主張、立証したものです。

なお、この書面と同時に、山下アドバイザーが2011年3月21日、福島市で行なった講演の動画を証拠として提出し(その一部は以下に公開)、
講演前半
                                   (画面をクリックすると動画サイトにジャンプ)


             講演後半(質疑応答。音声のみ)
質疑応答1


質疑応答2


質疑応答3


質疑応答4


10月16日の裁判当日、法廷で、この動画を上映したい旨の申し入れを行ない、裁判所の了解の下で、法廷で上映する準備を進めていたところ、当日、被告福島県から「待った」が入りました。原告が提出した動画が果して山下講演の真実の動画かチェックする必要があるという理由で(実は、福島県が公開した動画は、37分17秒で、前日のいわき市講演に関する山下アドバイザーの以下の感想部分が巧妙に削除されており、講演の書き換えがなされていたことが今回、判明した。自ら書き換えを行なった者として、原告もまた書き換えを行なうのではないかと疑心暗鬼になっている可能性がある)。


 昨日、いわき市に行ってきました。びっくりしました、いわき市に行ったら。途中、杉花粉がいっぱい飛んどる。これは原子力のありえんかなと思うくらい杉花粉だらけ。行ったら閑散として、福島市で見るようなガソリンスタンドの長い列がない。人がおらん。どうなっとるんだろうかと思って会場に入ると、ここ福島市民は、あるいはこの地区の、中通りと言うんでしょうか、は、みんな紳士淑女ですね。いわき市に入ったら、「おい、市長帰えれ!」「帰えるな!」とか、そんな罵声が飛ぶような所だったんです。これはまあ、どうして我々はつるし上げに来たのかと昨日いわき市で思いました。そうしたら、私の友人の鈴木先生が、「いや、これはもう、浜通りと中通りは人種が違うんだ」と言っておられましたので、少しは安心しましたが(笑)。

もともと原告提出の動画は被告福島県本人が撮影し、講演直後に県のホームページに公開(その後、削除)したもので、文字起しの文も付けて提出したのだから、本来であれば、数時間もあれば優にチェック済む筈なのに、なぜか、この日の動画上映の延期を求めてきました。

そのため、福島市の山下講演動画の法廷での上映は次回期日に延期となりました。 

なお、このたびの証拠収集にあたっては、被告福島県がHPから削除した山下講演動画(これは極めて公共的な情報です)を、動画或いは文字起し、或いは編集の上情報公開してくれた下記の市民の皆さんに心よりお礼申し上げます。
山下講演動画をアップした吾さん
山下講演の編集を掲載した「ひなたぼっこ&雑談日記」管理人のSOBAさん
山下講演全文の文字起こしを掲載した○○さん

下記書面の全文PDF->こちら

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原告  原告1-1ほか

被告  国ほか

準備書面(60)

――山下俊一アドバイザーの発言問題について――

20110 5
福島地方裁判所民事部 御中        

原告ら訴訟代理人   柳 原  敏 夫
ほか18名  
 
 本書面は、福島原発事故直後、長崎から福島入りして、福島県民とりわけ子どもたちに無用な被ばくを強いた重大な違法な発言をくり返した山下俊一長崎大医歯薬学総合研究科長(当時。以下、山下アドバイザーという)の発言問題(訴状請求原因第4)を具体的に主張した2015年9月7日付原告準備書面(5)第5に対して認否をした被告福島県の2016年2月12日付準備書面(6)第5に対する原告の反論である。

目 次

 被告福島県の準備書面(6)第5によれば、原告が主張する山下発言の内容は概ね認め、争うのは、「その発言の趣旨及び評価である」。

原告は被告福島県の上記認否の後半に対し全面的に争う。そして、「その発言の趣旨及び評価」について、原告は、「100ミリシーベルトを超える放射線を浴びることはないから健康には影響がない」(以下、「100ミリシーベルト発言」という。)という山下アドバイザーの一連の「100ミリシーベルト発言」がいかに非科学的なものであるかを次回、詳細に明らかにするが、ここでは、非科学的という点ではとりわけ抜きん出ている、「100マイクロシーベルト/h発言」「1ミリシーベルトで1個の遺伝子の損傷」「ニコニコ発言」「原発事故前の発言との矛盾」について問題点を指摘する。

(1)、100マイクロシーベルト/h発言

 毎時100マイクロシーベルトとは年間876ミリシーベルトに相当する。これはICRPの評価(ICRP2007年勧告〔丙B3〕19頁(73)~21頁参照[1])によれば、がん死のリスクが8.76%になる、つまり福島県民200万人が876ミリシーベルト被ばくすると17万5200人がガン死する、という桁違いな危険性を示す値である。
 ところが、山下アドバイザーは、2011年3月、福島入りした直後から、以下の通り、この「100マイクロシーベルト/hなら心配ない」という発言を彼自身の持論としてくり返している。
 尤も、被告福島市の準備書面(6)9頁は、福島市の講演のあと、この発言は「10マイクロシーベルト/hを越さなければ」の誤りだったと訂正する記事を福島県のホームページに掲載したと弁解しているが、事実は、それ以前の下記①(福島市講演の前日のいわき市講演)でも、それ以後の下記④(飯館村の非公開のセミナーで)でも、100マイクロシーベルト/h発言と同趣旨の発言をくり返している。のみならず、下記①(前日のいわき市講演)で「もう、5とか、10とか、20とかいうレベルで外に出ていいかどうかということは明確です。」と断言しており、「10マイクロシーベルト/hを越さなければ」の誤りでないことは明白である。さらに福島市の講演では、100マイクロシーベルト/h発言に際して、「私がいつも言うように」と前置きしており、すなわち100マイクロシーベルト/h発言は山下アドバイザー自身が普段から確信を抱いている持論なのである。そこで、いったい何を根拠にして、この発言がなされたのか、本法廷において、直接、山下アドバイザー自身から確認する必要がある。

①.3月20日いわき市講演の質疑応答(特集「告発された医師」〔甲C9〕19頁右段下から18行目以下)
質問者:先生にイエスかノーで答えていただきたいことが1つあるんですが、明日から天気のいい日は気持ちよく外を散歩していいということでしょうか。
山下:イエスかノーかっていうのは難しいですが、99.9パーセント、イエスです。理由は、これからマイクロシーベルトという単位で出ます。それをよく注目してみてください。100マイクロシーベルトまでならなければまったく心配いりませんので、どうぞ胸を張って歩いてください。

②.3月21日福島市講演の質疑応答(回答のみ今般提出の動画〔甲C88〕31分16秒~)
質問者:私ども、今日聞いた中では非常に安心しているんですが、ただ、私ども年寄りを預っている事業所を持っている者、そして職員の家族を預っている私なものですから、職員にもう少し、こうしてこうすれば安心ですよと言える言葉で、もう少しわかりやすく、これとこれをすれば安心ですよという言葉があれば教えて頂きたいと思っております。
山下:科学的に言うと、環境の汚染の濃度、マイクロシーベルトが、100マイクロシーベルト/hを超さなければ、全く健康に影響及ぼしません。ですから、もう、5とか、10とか、20とかいうレベルで外に出ていいかどうかということは明確です。昨日もいわき市で答えられました。「いま、いわき市で外で遊んでいいですか」「どんどん遊んでいい」と答えました。福島も同じです。心配することはありません。是非、そのようにお伝えください。

③.3月21日福島市講演の質疑応答
質問者:市内の中学校の教員です。具体的に、生徒が外で体育の授業をしている、もしくは部活動をしている、駅伝の練習をしている、そういった時にモニタリングの結果が出た際、例えば、屋内に「念のため」というような文字が、テロップが入る訳なんですが、屋内にという指示を出すとしたら、そういった基準というのは、教育委員会の方でも設定すべきでしょうか。
山下:仰る通りです。子供は守らなければなりません。20歳以上は放ったらかしておいて大丈夫です。そういう意味では、まさに仰った教育委員会はその義務があると思います。
質問者:だとしたら、その数値の目安としては、
山下:私がいつも言うように100マイクロシーベルト/hというのは、それ以上になると屋内退避すべきだと思います。

④.4月1日飯館村で、村議会議員と村職員対象の非公開セミナー(「飯館村 山下教授『洗脳の全容』」〔甲C89〕3頁
質問者32番(注:飯舘村飯樋地区)の観測点の数値が高い。MAX140μSv/hで、現在でも38μSv/hである。今までの値で足し算をしていくと、1mSvには20日くらいで達してしまう。大丈夫なのか。
山下:福島で315日に20μSv/hであった。先程話したように人間は新陳代謝によって新しく細胞を作り出しているのでμSv/h(マイクロのレベル)であれば全く問題ない。10μSv/hまで下がればより安心である。 ‥‥

(2)、「1ミリシーベルトで1個の遺伝子の損傷」発言

ア、「損傷」の意義
 一般に放射線が人体に与える致傷の影響を表す用語として、「障害」と「損傷」が使われるが、このうち「損傷」はミトコンドリアなど細胞以下の細胞小器官や分子レベルに対する放射線の影響を論じる際に用いられるとされる[2]。山下アドバイザーの発言は細胞内の遺伝子(DNA)が放射線により「損傷」することを話題にしている。
イ、「損傷」の正体は電離
 「損傷」とは、放射線が人体に当たったときに引き起こされる「電離」作用をいう。すわなち放射線が身体に当たるとき、身体組織の原子に所属する電子が原子の外に叩き出されてしまう現象を言う。電離作用の結果、電子を叩き出された身体組織の分子は以下の図の通り、イオン化するか、または分子切断(結合切断)される。


(落合栄一郎氏提供)

ウ、「年間1ミリシーベルト」で放出される放射線の数
 人が年間1ミリシーベルトの放射線を浴びる時、人はどれくらいの数の放射線を浴びるか。以下の計算により、セシウム137では年間で約600億本、毎秒に直すと、毎秒約1万本の放射線を1年間継続して浴びることを意味する。
 1ミリシーベルトをエネルギー(単位はジュール〔J〕)に換算すると、1mSv=1mGy=1mJ/kg
 いま、60kgの人なら、1ミリシーベルトは60mJのエネルギーとなる。ジュールを電子ボルト〔eV〕に換算すると、
60mJ=60/1.602×10-10 MeV
 いま、セシウム137を取り上げると、以下の崩壊過程の中で大部分を占める、ベータ線を出してセシウム137からバリウム137になり、さらにガンマ線を出してバリウム137からバリウム136になるときの放射線の数を計算すると、以下の通りとなる。



1本のベータ線、ガンマ線のエネルギーはそれぞれ0.512MeV、0.6617MeVだから、1ミリシーベルトのエネルギーはベータ線とガンマ線のエネルギーの合計の何セット分に相当するかは以下の割り算で求められる。
60/1.602×10-10 ÷(0.512+0.6617)=3.19‥‥×1011 
ベータ線またはガンマ線だけだと約3000億本。ベータ線とガンマ線の合計で約6000億本。
つまり年間1ミリシーベルトを浴びるとは年間で約6000億本の放射線を浴びることを意味する。これを毎秒に換算すると約2万本[3]。つまり年1ミリシーベルトを浴びるとは毎秒約2万本の放射線を浴びる状態が1年間継続することを意味する。尤も、以上のような概算値の計算(オーダーエスチメーション)の意義は桁数の大きさを判断するためのものであり、桁数の先にくる数値は厳密な意味を持たない。ここでは万か千かいう桁数が大切な意味を持つ。そこで、結論として、「毎秒約1万本」と述べたものである。

エ、1本の放射線が引き起こす電離の数
 次に、セシウム137で年間で浴びる約6000億本の放射線、そのうちたった1本の放射線だけでどれだけの数の電離を引き起こすかを計算する[4]。ここではベータ線、ガンマ線だけでなく、アルファ線についても明らかにする(※)

(※)長崎大の七條和子氏らは、2009年、プルトニウムによるアルファ線の内部被ばくの写真撮影に世界で初めて成功した(その一例が以下の写真)。これまで、長崎の原爆爆心地付近では強烈な上昇気流のため、プルトニウムが存在していないというのが常識だったが、この研究はその常識を覆し、アルファ線の内部被ばくが荒唐無稽の話でないことを証明した。
腎臓中のプルトニウム飛跡

一般論として、1本の放射線の電離の数は、放射線のエネルギーを1個の電離に必要な平均電離エネルギーで割れば求められる。今、放射線が体内中で1個の電離に必要なエネルギーを平均で40eVと仮定すると、 放射線の種類に応じて電離の数は次の通りである。
①.アルファ線はおよそ10万個。その計算方法は、ウランのアルファ線のエネルギー4MeV(=4×106eV)を平均電離エネルギー40eVで割る、次の割り算で計算する。
×10 ÷40=100,000
 つまり、アルファ線は身体中で40μm程度で止まるが、その間におよそ10万個の電離=人体の損傷を行う。
②.ベータ線は最大2万5000個。ただし、ベータ線のエネルギーは一定ではないので、今、最大値1MeVについて計算すると、その計算方法は、1MeV(=1×10eV)を平均電離エネルギー40eVで割る、次の割り算で計算する。
×10 ÷40=25,000
 つまり、ベータ線は身体中で5mm程度で止まるが、その間に最大で2万5000個の電離=人体の損傷を行う。
③.ガンマ線が電離作用を行うのは、ガンマ線そのものではなく、ガンマ線により二次電子を叩き出し、この二次電子が電離を行う。ガンマ線のエネルギーがおおよそ300keV以下では、叩き出す二次電子の数が1個の光電効果が、それ以上では叩き出す二次電子の数が複数個のコンプトン効果が主流となる(以下の図参照)。




ⓐ.光電効果の場合、最大7500個。ただし、ガンマ線のエネルギーは一定ではないので、今、光電効果が発生する最大値300keVについて計算すると、その計算方法は、ガンマ線のエネルギー300keV(=100×10eV)を平均電離エネルギー40eVで割る、次の割り算で計算する。
300×10 ÷40=7,500
.コンプトン効果の場合、およそ2万5000個。今、ガンマ線のエネルギーを1MeVとして計算すると、その計算方法は、ガンマ線のエネルギー1MeV(=1×10eV)を平均電離エネルギー40eVで割る、次の割り算で計算する。
×10 ÷40=25,000
 ただし、ガンマ線は身体内で発射されてもその相当量は身体の外まで飛び出すため、電離の場所は身体内と外の両方となる。
以上によれば、セシウム137の場合、年間1ミリシーベルトを浴びると、年間で3000億本ずつベータ線とガンマ線を浴び、その1本ごとがベータ線では最大2万5000個の電離=人体の損傷を行ない、ガンマ線では光電効果の場合、最大で7500個、コンプトン効果の場合、およそ2万5000個の電離を行なう。

オ、「遺伝子(DNA)の損傷の数」
遺伝子(DNA)が細胞内で占める割合は重量比で0.3%とされている[5]。いま単純化して、人体の全細胞に1本のベータ線による2万5000万個の電離が発生したと仮定した場合、人体の全遺伝子(DNA)に発生する電離の数は2万5000×0.003=75個となる。すわなちセシウム137のベータ線で年間1ミリシーベルトを浴びた場合、1本のベータ線で、人体の全遺伝子に発生する電離の数は75個である。セシウム137の場合、年間1ミリシーベルトで年間3000億本のベータ線を浴びるから、年間3000億本のベータ線で人体の全遺伝子に発生する電離の数は、75×3000億=22兆5000億個となる。

カ、遺伝子以外の分子の損傷の数
 のみならず、今日において、放射線が人体に与える悪影響は遺伝子(DNA)への損傷の場合に限られず、それ以外のタンパク質、細胞膜などの生体膜、水への電離=損傷が人体の生命活動にとって重大な異変をもたらすことが明らかにされている(落合栄一郎「放射能と人体」〔甲C90の2〕150~160頁参照)。タンパク質、水が細胞内で占める割合は重量比で18%、70%とされているから、そこで、上記オと同様、単純化して人体の全細胞に1本のベータ線による2万5000個の電離が発生したと仮定した場合、人体の全タンパク質に発生する電離の数は2万5000×0.18=4500個、人体の全ての水に発生する電離の数は2万5000×0.7=1万7500個となる。たった1本のベータ線の内部被ばくにより、これだけの莫大な数の電離=人体の損傷が(セシウム137の場合、年1ミリシーベルトで年間3000億本のベータ線を浴びるから、電離の数も上記の3000億倍となる)人体の生命活動に様々な異変をもたらすおそれがあることを念頭に置く必要がある。
以上が人が年間1ミリシーベルトの放射線を浴びることの科学的な意味である。ところが、山下アドバイザーは、人が年間1ミリシーベルトの放射線を浴びる場合、放射線による電離=人体の損傷について、次のように発言した。いったい何を根拠にして、この発言がなされたのか、本法廷において、直接、山下アドバイザー自身から確認する必要がある。
①.3月21日福島市講演(今般提出の動画〔甲C88〕11分40秒~)
「放射線はエネルギーとして、1つ覚えてください。1ミリシーベルトの放射線を浴びると皆様方の細胞の遺伝子の1個に傷が付きます。簡単!100 ミリシーベルト浴びると100個傷が付きます。これもわかる。じゃあ、浴びた線量に応じて傷が増える。これもわかる、みんな一様に遺伝子に傷が付きます。 しかし、我々は生きてます。生きてる細胞はその遺伝子の傷を治します。
 いいですか。1ミリシーベルト浴びた。でも翌日は治ってる。これが人間の身体です。 100ミリシーベルト浴びた。99個うまく治した。でも、1個間違って治したかもしれない。この細胞が何十年も経って増えて来て、ガンの芽になるという事 を怖がって、いま皆さんが議論している事を健康影響というふうに話をします。まさにこれは確率論です。事実は1ミリシーベルト浴びると1個の遺伝子に傷が 付く、100ミリシーベルト浴びると100個付く。1回にですよ。じゃあ、今問題になっている10マイクロシーベルト、50マイクロシーベルトという値 は、実は傷が付いたか付かないかわからん。付かんのです。ここがミソです。」

②.4月1日飯館村で、村議会議員と村職員対象の非公開セミナー(「飯館村 山下教授『洗脳の全容』」〔甲C89〕2頁
「小さな量の被ばくは、全く健康被害はありません。人間は代謝しているからです。1mSv/h1回浴びると1個の細胞が傷つきます。詳しく言うと1つのDNA(遺伝子)が傷つくのです。しかし、人間はそれを直すことが出来る仕組みを持っています。」
100mSv/hの放射線を1回浴びると100個の細胞が傷つきます。1個くらい直すときに間違えるときがある。1000mSv/hだと1000個の細胞が傷つく。そうすると3個位間違えてしまう。発ガン性のリスクが高くなります。しかし、そのガンになるリスクは決して高いものではありません。たばこを吸う方がリスクが高いのです。 今の濃度であれば、放射能に汚染された水や食べものを1か月くらい食べたり、飲んだりしても健康には全く影響はありません。」

(3)、「ニコニコ発言」

 人体が放射線を浴びた場合、人体が放射線による電離=損傷を直接に防ぐ防御機構は人体に存在しない。これは異論がない科学的事実である。人体にできることは既に電離=損傷し、傷ついた分子を、事後に修復するか、それが不可能な時にその細胞を廃棄する(アポトーシス)か、フリーラジカルなどの放射線による毒化合物の作用をなくすか和らげることのみである(落合栄一郎「放射能と人体」〔甲C90の3〕195頁)。それゆえ、ニコニコ笑っていれば放射能の電離=損傷は起こらない、というのはイグノーベル賞すら相手にしない前代未聞のデタラメである。
ところが、山下アドバイザーは、放射線による影響(電離=人体の損傷)について、次のように発言した。いったい何を根拠にして、こんな前代未聞の発言がなされたのか、本法廷において、直接、山下アドバイザー自身から確認する必要がある。
①.3月21日福島市講演(今般提出の動画〔甲C88〕30分2秒~)
放射線の影響は、実はニコニコ笑ってる人には来ません。クヨクヨしてる人に来ます。これは明確な動物実験でわかっています。」
 

(4)、福島原発事故以前の発言との矛盾

 山下アドバイザーは福島原発事故以前には以下のような発言をしており(下線は原告代理人による)、これらと事故直後の福島県で行なった発言、例えば、
「何度もお話しますように100ミリシーベルト以下では明らかに発ガンリスクは起こりません。」(5月3日二本松市講演。特集「告発された医師」〔甲C9〕23頁右段下から18行目以下
と比較した時、その正反対とも言うべき矛盾した内容に、果して同一人物の発言なのかといぶかざるを得ない程である。そこで、いったい何を根拠にして、事故前と矛盾する発言がなされたのか、本法廷において、直接、山下アドバイザー自身から確認する必要がある。
①.「被爆体験を踏まえた我が国の役割」3頁(2000年)(甲C33)
 4.今後の展望
チェルノブイリ周辺住民の事故による直接外部被ばく線量は低く、白血病などの血液障害は発生していないが、放射線降下物の影響により、放射性ヨードなど による急性内部被ばくや、半減期の長いセシウム137などによる慢性持続性低線量被ばくの問題が危惧される。現在、特に小児甲状腺がんが注目されている が、今後、青年から成人の甲状腺がんの増加や、他の乳がんや肺がんの発生頻度増加が懸念されている。

②.「放射線の光と影」543頁左段(2009年)(甲C34)
主として20歳未満の人たちで、過剰な放射線を被ばくすると、10~100mSvの間で発がんが起こりうるというリスクを否定できません‥‥チェルノブイリの教訓を過去のものとすることなく、「転ばぬ先の杖」としての守りの科学の重要性を普段から認識する必要がある。

③.「放射能から子どもの未来を守る」9~10頁
【児玉龍彦東京大学アイソトープ総合センター長(以下、児玉教授という)による原発事故以前の山下アドバイザー発言の紹介】
山下氏は、福島原発事故以前は、学会で、放射能を使うPETやCT検査の医療被曝については、2ミリシーベルト程度の自然放射線と同じレベルについても、「医療被曝の増加が懸念される」と述べ[6]、学問的には危険性を認め対応を勧めている。

3、結語

以上から明らかな通り、福島原発事故発生後の山下アドバイザーの発言には、科学的知見から明らかに逸脱したとしか思えない問題発言が数多く含まれており、被告福島県が「その発言の趣旨及び評価」を全面的に争う以上、その発言の真意、根拠について、本法廷において、直接、山下アドバイザー自身から確認し、「その発言の趣旨及び評価」を正しく判断する必要がある。

4、誤記の訂正 

 2015年9月7日付原告準備書面(5)第5に以下の誤記があったので、訂正する(下線部分が訂正箇所)。なお、2番目(40頁13行目)の訂正は、山下アドバイザーの講演動画[7]を再生して、彼の発言内容を確認したものである。

箇所
誤り
正解
39頁4行目
表の1列目

②.同上
②.2011年3月20日いわき市講演
40頁13
行目
表の2列目

何度もお話しますように100ミリシーベルト以下では明らか発ガンリスクは起こりません。
何度もお話しますように100ミリシーベルト以下では明らか発ガンリスクは起こりません。

以 上



[1]低線量で健康被害の影響が低くなる程度を示す値として線量・線量率効果係数(DDREF)が用いられ、DDREF2とは、低線量のがん死のリスク係数(単位線量当たりのリスク)が高線量での値の2分の1であることを示す。ICRP2007年勧告は、低線量の放射線被ばくのリスクをDDREF2とし、がん死のリスク係数を1シーベル当たり5%とした。ところで、年間876ミリシーベルトは低線量に該当しないからDDREF2は使わず、その結果、リスク係数は1シーベル当たり(上記の2倍の)10%となる。従って、0.876シーベルトならリスク係数は8.76%となる。
[2] 佐藤満彦「“放射能”は怖いのか――放射線生物学の基礎」(文春新書)187頁
[3] 計算式:2×3.19‥‥×1011÷(365×24×60×60)

[4]以下の計算式はいずれも、札幌地裁平成29年(行ウ)第2号労働者災害補償不支給決定取消請求事件に書証として提出された、矢ヶ崎克馬琉球大名誉教授の平成30年7月17日作成の意見書の記述を参考にしたものである。
[5]落合栄一郎「放射能と人体」〔甲C90の1〕143頁2~4行目。
[6] 「正しく怖がる放射能の話」(長崎文献社)、「長崎醫學會雑誌」(長崎大学) 81特集号
[7] OurPlanet-TV提供の動画http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1037の前半7分30秒)

【報告1】【経過観察問題(6)】経過観察問題の真相解明の意義を再確認した上で県立医大と鈴木眞一チームに症例数の回答を求める調査嘱託の申立を行ないました(2018.10.16)

これまでの【経過観察問題のまとめ】は以下を参照。
   被告福島県と甲状腺検査の経過観察問題(2018.1.28)
【速報】【経過観察問題(4)】国破れて記憶あり、で症例数を隠ぺいする被告福島県にはこれを開示する説明責任がある(2018.4.13)

【速報】【経過観察問題(5)】「被告福島県に経過観察中に発症した数を開示する説明責任がある」か否かに答弁しないという答弁をした福島県(2018.7.10)

前回7月10日の裁判で、経過観察問題について、被告福島県は、
「被告福島県に経過観察中に発症した数を開示する説明責任がある」か否かに答弁せず、文句があるなら、別途、裁判でも何でもやってくれ、という全面的開き直りの答弁に出ました(詳細は->こちら)。

この開き直りに対し、今回10月16日の裁判で、原告は裁判所に対して、裁判所から、福島県立医大と同大学の鈴木眞一チームに対して症例数を回答するように求める手続き(調査嘱託)の申し立てをしました。

この申立に対し、裁判当日、裁判所から意見を求められた被告福島県は「しかるべき」と、裁判所の判断にお任せしますという回答をしました。それを聞いてビックリしたのが被告国。国から、これに対する意見を速やかに出したいと言い出しました。

 以下、原告の申立書です。ー>全文のPDF

  ***************  

平成26年(行ウ)第8号ほか
原告  原告1-1ほか
被告  国ほか
準備書面(59)
――いわゆる経過観察問題(続き3)について――
20110 5
福島地方裁判所民事部 御中        

原告ら訴訟代理人   柳 原  敏 夫

同          光 前  幸 一
ほか17名  
 
本書面は、前回、被告福島県から提出の準備書面(15)に対する原告の反論である。なお、被告福島県の県民健康調査の甲状腺検査における小児甲状腺がんの「悪性ないし悪性疑い」の症例数を以下、本件症例数という。

目 次

1、小児甲状腺がんの原因について

(1)、チェルノブイリ事故 
小児甲状腺がんはチェルノブイリ事故で被ばくによる住民の健康被害としてUNSCEARなど国際的にも認められた唯一の病気である。当初、この小児甲状腺がんは放射性ヨウ素によるものと考えられてきた。しかるに、その後、放射性ヨウ素では説明が困難な現象が現われてきた。その1つがウクライナにおけるチェルノブイリ事故当時18歳未満の子どもたちの甲状腺がんの罹患率が以下の通り、事故後25年経過後も上昇の一途を辿っている事実である(「低線量汚染地域からの報告」〔甲B137〕82頁には2010年が600症例、2011年が700症例と記載)。
「低線量汚染地域からの報告」〔甲B137〕81頁より
 
 すなわち、チェルノブイリから放出された放射性ヨウ素(その殆どがヨウ素131)は半減期約8日で、事故から2ヵ月後に約128分の1に減少し、それ以後は甲状腺に影響を与えないとされる。しかし、甲状腺がんの罹患率は事故後25年間、上昇の一途を辿り、放射能の影響が及んでいることが否定できない。つまり、同じチェルノブイリ事故で汚染された地帯に住んでいながら、或る子どもたちは5年後の1990年に発症し、なぜ別の子どもたち700人は25年も経過した2011年に発症したのか。放射性ヨウ素では説明困難なこの現象を解き明かす証拠がベラルーシの医師ユーリ・バンダジェフスキーによってもたされた。バンダジェフスキーはセシウム137の人体への影響を明らかにするために、被曝して死亡した患者の病理解剖と臓器別の放射線測定と取組み、以下の図の結果を報告した(〔甲B137〕15頁図⑦。右が子ども、左が大人の値)。
これは、「内部被ばくで身体中に入った放射性物質が、どこに運ばれ“定着”したか?」という疑問に回答を与える重要な証拠である。これによれば、半減期約30年のセシウム137が子どもの甲状腺に飛び抜けて蓄積されており、ここから大量のセシウム137が子どもの甲状腺を長期間にわたって内部被ばくし続けている事実が明らかとなったからである。

1997年に死亡した成人と子どもの臓器別放射性元素濃度(ユーリ・バンダジェフスキー「放射性セシウムが人体に与える医学的生物学的影響」〔甲B137〕15頁)
(2)、福島原発事故
 以上の通り、バンダジェフスキーの報告により、チェルノブイリ事故による小児甲状腺がんの罹患率の上昇はヨウ素131だけでなく、セシウム137によるものである可能性が高いことが示された。従って、福島原発事故でも同様に、セシウム137による小児甲状腺がんの発症の可能性がある。そうだとすると、半減期約30年のセシウム137による小児甲状腺がん発症の問題は、ヨウ素131のように福島原発事故直後に限定して被ばくする問題ではなく、事故から7年以上経過した現時点において、今後も長期にわたって被ばくし続ける、重大で深刻な健康被害をもたらす問題にほかならない。

2、本訴における本件症例数の重要性と公共性について

(1)、行政訴訟
県内子ども原告らの請求の趣旨は、被ばくによる生命、身体及び健康への侵害の危険のない安全な環境(地域)で教育の実施(作為及び不作為)を求める給付請求、及び上述の安全な環境(地域)で教育を受ける権利の確認を求める確認請求であり(以下、これらを総称して、本請求という。平成28年2月10日付訴えの追加的変更申立書参照)、本請求は言うまでもなく、「現時点において」被ばくによる生命、身体及び健康への侵害の危険のない安全な環境の下で教育を受ける権利の保障を求めるものに基づくものである。
従って、「現時点における、被ばくによる生命、身体及び健康への侵害の危険を裏付ける情報」こそ、本請求の成否を判断する上で最も重要な事実である。この点、小児甲状腺がんはチェルノブイリ事故で被ばくによる住民の健康被害として認められた病気であり、その原因としてヨウ素131だけでなく、半減期約30年のセシウム137によるものである可能性が高いことは1で前述した通りである。従って、被告福島県が実施している県民健康調査の甲状腺検査における小児甲状腺がんの「悪性ないし悪性疑い」の症例数(本件症例数)は「現時点における、被ばくによる生命、身体及び健康への侵害の危険を裏付ける最も重要な情報」である。そして、言うまでもなく本件症例数は個人情報は含んでいないから、この情報は被ばくによる県民の健康被害を評価する上で最も重要な、それゆえ、県民に対していち早く開示されなければならない公共性の最も高い情報にほかならない。
(2)、国家賠償訴訟
 次に、福島原発事故当時に福島県内で居住していた子どもたちのうち、何人に小児甲状腺がんが発症しているかは、国賠訴訟の関係でも、重要な事実であることを指摘しなければならない。国賠訴訟の原告らは、子どもたちに安定ヨウ素剤を服用させる機会を与えられることもなく、被告国や被告福島県の無為無策によって無用な被ばくをさせられてしまったことに心を痛めている。無用な被ばくによる健康影響は、チェルノブイリ原発事故の例をみても、小児甲状腺がんに限られるものではないが、それでも、福島県全体において、被ばくを原因とする小児甲状腺がんが発症しているか否かは、その精神的苦痛に客観的根拠があるか否かの重要なメルクマールである。被ばくを原因とする小児甲状腺がんの発症が否定できるのであれば、原告らの精神的苦痛はひとまず杞憂であったとすますことができるかもしれないが、これが否定できないのであれば、自分の子どもが小児甲状腺がんその他被ばくを原因とする様々な疾患にり患するかもしれないという精神的苦痛を抱いていることについて、具体的な根拠があることになる。したがって、本件症例数は、本件国賠訴訟においても、極めて重要な事実なのである。

3、経過観察問題の発生

ところが、原告が準備書面(33)以来くり返し指摘して来た通り、被告福島県は、福島県は県民健康調査の甲状腺検査の二次検査で「経過観察」とされた子ども(2017年10月時点で単純合計で2881人 だったのが、2018年6月末時点では3316人に増加している)は、その後「悪性ないし悪性疑い」が発見されても、その症例数(以下、経過観察関連発症数という)を公表してこなかった。のみならず、この未公表の事実について、原告より、福島県が負っている実体法及び訴訟法上の説明責任を果たし、症例数を公表するようにと迫ったが(原告準備書面(52)等参照)、いずれの説明責任も果す積りは全くないという全面的開き直りの態度に出て(被告福島県準備書面(15))、今日現在まで、執拗なまでに頑なに経過観察関連発症数の公表を拒み続けている。
その結果、本件症例数は本請求の「現時点における、被ばくによる生命、身体及び健康への侵害の危険」及び「無用な被ばくによる健康被害に対して原告らが抱く精神的苦痛」を裏付ける最も重要な事実であり、最も公共性の高い事実であるところ、その本件症例数のうちかなりの割合を占める可能性がある経過観察関連発症数が我々にとって未公表のままである。これは本来、「被ばくによる生命、身体及び健康への侵害の危険」及び「無用な被ばくによる健康被害に対して原告らが抱く精神的苦痛」を裏付ける最も重要な事実であり、最も公共性の高い事実について県民に重大な説明責任を負う被告福島県がこれを実行しない、不作為による隠蔽行為と言わざるを得ない。

4、正確な本件症例数に基づく統計的分析の意義

のみならず、これまで被告福島県が公表してきた本件症例数(正確には経過観察関連発症数を除いた残り)では、発症率が低いこと及び公開された最も詳細なデータが個人レベルではなく、59の市町村レベルにとどまっていたこと(それどころか、2017年6月からは市町村レベルすらやめて、4つの地域レベルの公表に逆行した)もあって、統計的な分析をする上で必ずしも十分なものではなかった。しかし、経過観察関連発症数も含めた正確な本件症例数が明らかにされた場合には(なおかつ、「米国核関連3施設従業員データ」と同様、匿名化した個人レベルのデータが公開され、利用されるようになればなおさらのこと)、統計的な分析の上でより精度があがり、被ばくとの関連性がより明らかにされることが期待できる。原告は、正確な本件症例数に基づく統計的分析によって、福島県における被ばくと健康被害(小児甲状腺がん)との関連性を証明にしたいと考えている。それゆえ、経過観察関連発症数を公表しない被告福島県の態度は、原告の上記証明活動に対する妨害行為と言わざるを得ない。

 5、調査嘱託の申立

 以上から、原告は、正確な本件症例数を得て、それに基づく統計的分析を通じて、被ばくと健康被害(小児甲状腺がん)との関連性を証明するために、今般、以下の相手に対して、別途申立書のとおり、経過観察関連発症数に関する調査嘱託の申立を行なう。
①.             被告福島県から委託を受けて県民健康調査を実施する福島県立医科大学
②.             県民健康調査の甲状腺検査に基づいて「悪性ないし悪性疑い」が発見された症例のデータベースの作成等のため、同大学に研究費の申請をして許可を得て研究を実施した鈴木眞一チーム

 なお、上記②の鈴木眞一チームは法人格を持つ団体ではないが、以下の理由から調査の嘱託先である「団体」に該当する。
もともと調査の嘱託は、官庁その他の団体に保存されている記録等が事実の認定の重要な資料となることが多いことに基づき認められた証拠調べの方法であり、その要件として嘱託先を団体に限定し、個人を除外した趣旨は裁判所からの調査の嘱託に応えて客観性の高い資料を提供すること(その前提として、資料を整然と保管すること)は、個人には負担が重すぎると考えたからである。従って、県民健康調査の甲状腺検査において中心的、主導的な立場で関与してきた鈴木眞一福島県立医科大学教授を代表とする研究チームが、同研究チームが実施した小児甲状腺がんの症例データベースの作成等の研究に基づき経過観察関連発症数を提供することは、一方で同研究チームに過重な負担を負わせるものでは全くなく、他方で同研究チームが経過観察関連発症数について最も正確な事実を提供する立場にあることから、調査の嘱託先である「団体」に該当することが明らかである。
以 上