2019年2月22日金曜日

【報告】【経過観察問題(8)】2018年暮れの福島県議会の福島県の答弁で甲状腺検査サポート事業から推理できる小児甲状腺がんの症例数273人は検討委員会公表の症例数より少なくとも74人多いという桁違いのズレが判明(2019.2.20)

経過観察問題のこれまでの報告
【経過観察問題のまとめ】被告福島県と甲状腺検査の経過観察問題(2018.1.28)
【速報】【経過観察問題(4)】国破れて記憶あり、で症例数を隠ぺいする被告福島県にはこれを開示する説明責任がある(2018.4.13)
【速報】【経過観察問題(5)】「被告福島県に経過観察中に発症した数を開示する説明責任がある」か否かに答弁しないという答弁をした福島県(2018.7.10)
【報告1】【経過観察問題(6)】経過観察問題の真相解明の意義を再確認した上で県立医大と鈴木眞一チームに症例数の回答を求める調査嘱託の申立を行ないました(2018.10.16)
【報告】【経過観察問題(7)】経過観察問題の真相解明の求めて、裁判所から県立医大と鈴木眞一チームに症例数に関する質問に対し、ゼロ回答を(2018.12.5) 

原告は、2018年12月13日配信のOurPlanetTVの記事「小児甲状腺がん少なくとも273人〜福島サポート事業で判明」に基づき、
2018年12月13日の福島県議会で福島県の答弁により、県民健康調査甲状腺検査サポート事業で、2018年3月末時点で少なくとも273人の小児甲状腺がん患者がいることが判明し、同時期の検討委員会公表の症例数より少なくとも74人多いというと桁違いのズレがあることが判明した事実を指摘し、
これだけ桁違いに大きいズレを、がん発症の深刻な現状を把握しておらず、それゆえ、県民健康調査の目的である《県民の健康状態を把握し、その現状把握により《疾病の予防、早期発見、早期治療につなげ、将来にわたる県民の健康の維持、増進を図ること》というミッションを全く果しておらず、機能不全と信用失墜に陥っている被告福島県に対し、信頼回復のため、改めて、小児甲状腺がんの症例数について、被告福島県に情報開示を求めるもので、
この間、原告が一貫して主張している経過観察問題の続きです。

以上の主張をしたのが原告準備書面(69)――経過観察問題(続き4)・サポート事業問題について――です。そのPDFは -->こちら 

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平成26年(行ウ)第8号ほか
原告  原告1-1ほか
被告  国ほか
準備書面(69)
――経過観察問題(続き4)・サポート事業問題について――
201 2 8
福島地方裁判所民事部 御中        

原告ら訴訟代理人   柳 原  敏 夫
ほか18名  
 
本書面は、昨年12月13日、福島県議会での答弁により、県民健康調査甲状腺検査サポート事業で判明した小児甲状腺がんの症例数が検討委員会公表の症例数と桁違いの差があることから、改めて、小児甲状腺がんの症例数について、情報開示を求める、経過観察問題の続き4である。
目 次

第1、サポート事業で少なくとも273人の小児甲状腺がん判明

1、県民健康調査甲状腺検査サポート事業の概要

 被告福島県は、2015年7月、《県民健康調査甲状腺検査後に生じた経済的負担に対して支援を行うとともに、保険診療に係る診療情報を県民健康調査の基礎資料として活用させていただき、将来にわたる県民の健康の維持、増進を図ること》[1]を目的として、対象者に医療費を交付する県民健康調査甲状腺検査サポート事業[2](以下、甲状腺検査サポート事業と略称)をスタートさせた。毎年3月、その事業実施状況が公表され、昨年3月までに甲状腺検査サポート事業で医療費を受給した患者の数(以下、支援金交付人数という)は233人に達した。

2、医療費を受給した患者の甲状腺疾患の内訳

昨年12月13日、福島県議会福祉公安委員会で、甲状腺検査サポート事業の支援金交付人数の総数233人の甲状腺疾患の内訳を質問されたのに対し、県民健康調査課の鈴木陽一課長は「全て甲状腺がんということで、82件は手術症例の実人数」と答弁した(以下の画像参照)。
(甲B156OurPlanetTVの配信記事中の動画[3]より)

 ちなみに、この82件とは、被告福島県が昨年3月に公表した事業実施状況によれば、支援金交付人数233人のうち甲状腺がん等の手術の医療費を受給した患者の数のことである(甲B156OurPlanetTV20181214日配信記事「小児甲状腺がん少なくとも273人〜福島サポート事業で判明」記載の以下の表2手術事例状況参照)。

3、県民健康調査課の鈴木陽一課長答弁の意味

 鈴木陽一課長の上記答弁は次のことを意味する。
第1に、福島県ホームページの甲状腺検査サポート事業Q&A(甲B157)のQ8で明らかにしている通り、もともと支援の対象となる甲状腺疾患は小児甲状腺がんに限定され、それ以外の甲状腺疾患は対象とならない。従って、甲状腺検査サポート事業の支援金交付人数の総数233人の甲状腺疾患の内訳が「全て甲状腺がん」というのは当然のことを述べたまでである。
第2に、全て甲状腺がんの233人のうち、甲状腺がん手術の医療費を受給した患者が82名にとどまったということは、残りの甲状腺がん患者151人は甲状腺がん手術の医療費を受給していないことを意味する。では、この151人は甲状腺がん患者でありながら、なぜ手術の医療費を受給していないのか。ひとつの理由は、甲状腺検査サポート事業に申請する時点で、既に甲状腺がん手術を終えていたからである(甲状腺がん手術の時点で18歳未満なら、福島県は医療費が無料であり、甲状腺検査サポート事業を申請しようにも申請資格がない)。或いは甲状腺がん手術前だが、穿刺細胞診で甲状腺がんの悪性又は悪性疑いが判明しているからと考えられる。
 そこで、「18歳未満は甲状腺検査サポート事業の申請資格がない」ことに着目すれば、次の事実を推認できる。
第3に、①.既に甲状腺がん手術を終えているが、昨年3月時点で18歳未満の者、②.既に穿刺細胞診で甲状腺がんの悪性又は悪性疑いが判明しまだ甲状腺がん手術前だが昨年3月時点で18歳未満の者、①と②はいずれも甲状腺検査サポート事業の申請資格がないため、233人にカウントされていない。そこで、この①と②の人数を公表データから算出したのがOurPlanetTVの配信記事(甲B156)の以下の表である。


すわなち、この計算によれば、昨年3月までに甲状腺がんと診断された(甲状腺検査サポート事業の申請資格がない)18歳以下の者は46人にのぼる。 
さらに、「生活保護や避難指示区域で医療費減免の公的制度の受給者は甲状腺検査サポート事業の申請資格がない」ことに着目すれば、次の事実を推認できる。
第4に、①.既に甲状腺がん手術を終えているが、昨年3月時点で18歳以上で、かつ生活保護等の公的制度の受給者、②.既に穿刺細胞診で甲状腺がんの悪性又は悪性疑いが判明しまだ甲状腺がん手術前だが昨年3月時点で18歳以上で、生活保護等の公的制度の受給者、①と②はいずれも甲状腺検査サポート事業の申請資格がないため、233人にカウントされていないし、第3の46人にもカウントされていない。しかし、公開データからはこの数を算出する方法がないため、この数がどれほどになるのか、原告には不明である。
 以上の考察から、昨年3月時点で小児甲状腺がん患者は、少なくとも233人+46人=279人となる。ただし、手術後の病理診断でがんではなかった患者(検討委員会で公表された「良性結節1名」及び甲状腺検査サポート事業の報告で発表された濾胞性腺腫等の5名)を除くと、少なくとも273名となる。
 この数字は、検討委員会が昨年6月18日に公表した昨年3月30日時点の悪性及び悪性疑いの合計199名より少なくとも74人も多いという桁違いに大きいズレである。

4、公表データより少なくとも74人多いがん症例数が求めるもの

 原告はこれまで何度に及び、被告福島県に対し、甲状腺検査の経過観察問題で症例数を開示し説明責任を果たすように求めてきたのに対し、被告福島県は、
①.「経過観察」中に「悪性ないし悪性疑い」が発見された症例数は把握していない。
②.この症例数を把握すべき理由もない。
③.よって、説明責任があるか否かについても認否する必要がなく、応答しない。
の旨の答弁(準備書面(15)等)をくり返すばかりで、説明責任を果たし、症例数を開示することを全くしてこなかった。こうした開き直りの答弁が可能だったのは、ひとえに「経過観察」中に発見された「悪性ないし悪性疑い」の症例数が明るみにされなかったからである。
 しかし、そのような開き直りはもはや不可能となった。なぜなら、今回、思いがけずも、甲状腺検査サポート事業のデータから県民健康調査検討委員会のデータの信頼性が根底から揺らいだからである。それは甲状腺検査サポート事業が明るみにした数字が、小児甲状腺がん症例数は県民健康調査検討委員会の公表データより「少なくとも74人」も多いという桁違いに大きいズレであった。これだけの数字のズレは、県民健康調査検討委員会が、もはや小児甲状腺がん発症の深刻な現状を把握しておらず、それゆえ、県民健康調査の目的である《県民の健康状態を把握》[4]し、その現状把握により《疾病の予防、早期発見、早期治療につなげ、将来にわたる県民の健康の維持、増進を図ること》というミッション全く果していないことを意味するものであった。
 従って、このような機能不全と信用失墜に陥った県民健康調査検討委員会は、信頼回復のために、速やかに、なぜ「少なくとも74人」もの桁違いのズレが生じているのか、甲状腺検査サポート事業のデータと突合を行い、その原因解明を果し、その調査結果を速やかに原告ら及び県民に説明し、自ら説明責任を果す必要がある[5]
 同時にそれは、県民健康調査検討委員会のもう1つの盲点をも明るみにした。それが「経過観察」中に発見された「悪性ないし悪性疑い」の症例数は実は、県民健康調査検討委員会の公表データよりずっと大きいのではないかというこの間ずっと続いている疑いである。なぜなら、甲状腺検査サポート事業で自ら県民の健康状態の現状把握能力の喪失を露呈した以上、経過観察問題でも同様の能力喪失を疑われても当然だからである。それゆえ、ここでも県民健康調査検討委員会(被告福島県)が取るべき道は明白である。すなわち、信頼回復のために、「経過観察」中の子どもらが通院する福島県立医大及び病院に速やかに問い合わせし、収集した情報により、小児甲状腺がん症例数の実態を把握し、その調査結果を原告ら及び県民に説明し、自らの説明責任を果することである

第2、求釈明

 本書面の原告主張に対する認否と重なる部分もあるが、本書面で指摘した問題は県民健康調査検討委員会の機能不全と信用失墜をあらわす極めて深刻な問題であるので、被告福島県に対し、次の事実について明らかにするよう求める。
①.昨年12月13日、福島県議会で行った県民健康調査課の鈴木陽一課長の「甲状腺検査サポート事業の支援金交付人数の総数233人の甲状腺疾患は全て甲状腺がんである」旨の答弁について、その答弁内容で事実に間違いないか。
②.上記①がもし間違っているとしたら、何が正しい事実か、及びなぜ間違った答弁をしたのか。
③.支援金交付人数の総数233人のうち甲状腺がん手術の医療費支援を受けた患者82名を除いた151人について、どのような甲状腺疾患の履歴があったのかそのデータを明らかにされたい。具体的には、申請以前に甲状腺がん手術をした人数、申請以前に穿刺細胞診で甲状腺がんの悪性又は悪性疑いが判明した人数など。
④.今後、甲状腺検査サポート事業のデータについて、少なくとも県民健康調査検討委員会が行っている情報開示と同程度の情報開示をすべきであると考えるが、これを実行する意思はあるか。
⑤.小児甲状腺がんの発症数で「少なくとも74人」のズレが発生した原因を解明し、今後、このようなズレの発生防止のため、県民健康調査検討委員会のデータと甲状腺検査サポート事業のデータを突合を行い、その調査結果を原告ら及び県民に説明するか。
⑥.「経過観察」中に発見された「悪性ないし悪性疑い」の症例数を把握するため、「経過観察」中の子どもらが通院する福島県立医大及び病院に問い合わせし、小児甲状腺がん症例数の実態を把握し、その調査結果を原告ら及び県民に説明するか。
以 上


[1] 福島県ホームページの「県民健康調査甲状腺検査サポート事業について」1 事業目的 http://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/kenkocyosa-kojyosen-support.html#8
[2]ただし、他の公的制度(県や市町村が実施する「こどもの医療費助成事業」、「生活保護」等)により医療費の全額助成を受けている方は対象にならない。福島県は18歳以下の子どもの医療費を無料にしているので、18歳以下については甲状腺検査サポート事業の対象とならない。
[3] https://www.youtube.com/watch?time_continue=1&v=XY0ws4Xl6FI
[4] 福島県立医大のホームページhttp://fukushima-mimamori.jp/outline/
[5] それはまた、被告福島県が甲状腺検査サポート事業の目的として掲げた以下の「県民健康調査との連携」の当然の帰結である。
《保険診療に係る診療情報を県民健康調査の基礎資料として活用させていただき、将来にわたる県民の健康の維持、増進を図ることとしています。》(県民健康調査甲状腺検査サポート事業について「1 事業目的」(甲B157))

【報告】LNTモデルの限界と真の課題である「内部被ばく」に正面から取り組んだ統計的解析の論文の紹介(2019.2.20)

LSS14報の不正問題をただし、LSS14データの正しい再分析を行った結果、
「100mSv以下の被ばくにより健康影響がある」とする閾値なしの線形モデル(いわゆるLNTモデル)が最良のモデルであることが導かれ、なおかつ、
このLNTモデルは「仮説」にすぎず科学的知見ではないという批判が的外れであることが判明したあとの課題は何か?
--それは、NTモデルの限界を明らかにし、そこから「「低線量被ばくによる健康影響」という問題にとって真の課題とは何かを明らかにすることです。

結論として、
第1に、LNTモデルではたとえ低線量被ばくによる健康影響を解明し得たとしても、それはあくまでも外部被ばくによる影響にとどまり、内部被ばくによる影響の解明までには及ばない。
第2に、内部被ばくに踏み込んでこそ、「低線量被ばくによる健康影響」という問題の全体像に初めて迫ることができ、「内部被ばく」抜きでは、「低線量被ばくによる健康影響」という問題の核心部分が依然未解明のままである。そこで、「内部被ばく」による健康影響という論点と正面から取り組む必要がある。
第3に、「内部被ばく」による健康影響という論点と正面から取り組んだ論考(統計的解析)の1つとして、雑誌「科学」2016年8月号に掲載された論文「広島原爆被爆者における健康障害の主要因は放射性微粒子被曝である」がある。
第4に、子ども脱被ばく裁判においても、原告は、「内部被ばく」による健康影響の脅威と正面から向き合う立場から、これまでに、内部被ばくの危険性を具体的に追求した「セシウムボールの危険性」(原告準備書面(45))、「不溶性放射性微粒子による被ばくリスク」(同書面(51))、「土壌に含まれる放射性物質の存在形態」(同書面(63))を主張、立証してきた。これが本裁判の中心論点であることを改めて肝に銘じていただきたい。

以上について述べたのが、今回提出の準備書面(67)で、第3と第4の論点です。
そのPDFは
--> 本文



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原告  原告1-1ほか
被告  国ほか
準備書面(67)
――LSS14報の統計不正問題、その再検証により最良と判明
したLNTモデル及びその限界――
2019年 2月 8日
福島地方裁判所民事部 御中        

原告ら訴訟代理人   柳 原  敏 夫
ほか18名  
目 次

はじめに                        略
第1、100mSv‥‥                略

第2、LNTモデル批判に対する反論  


第3、LNTモデルの限界と真の課題


1、問題の所在


 もともと放射線被ばくによる健康影響の原因には人体の外部からの被ばく(外部被ばく)と人体内部における被ばく(内部被ばく)の2つの類型がある。LNTモデルではたとえ低線量被ばくによる健康影響を解明し得たとしても、あくまでも外部被ばくによる影響にとどまり、もう一方の内部被ばくによる影響の解明まで及ばないのではないか。
 つまり、LNTモデルの射程距離は外部被ばくの類型にとどまり、内部被ばくの類型まで及ばないのではないか。

2、結論


 その通りであり、LNTモデルの射程距離は内部被ばくの類型まで及ばない。

3、理由


LNTモデルの当てはまりのよさが問題となったLSSデータにおいて、最も重要な情報である「被曝量」を推定するため被爆者の被爆位置と遮蔽情報の把握に努めているが、これは被爆者がどれくらいの初期放射線を浴びたかを推定するためである。すなわち、ここで問うている被ばくはいわゆる「ピカ」という初期放射線の線量であり、外部被ばくを問題にしている。従って、LSSデータに対する当てはまりのよさが問題となったLNTモデルも外部被ばくによる健康影響を解明するものであり、それ以上、内部被ばくによる健康影響にまで及ばない(この点を指摘した甲B151大瀧慈・大谷敬子「広島原爆被爆者における健康障害の主要因は放射性微粒子被曝である」(以下大瀧ら論文という)826頁左段参照)。
4、LNTモデルの限界が示す真の課題
LNTモデルが明らかにしようとしているのは低線量による健康被害のうち「外部被ばく」による健康影響であって、それ自身が重要なものであることはいくら強調してもし足りないが、にもかかわらず、このモデルが「内部被ばく」による健康影響について解明するものでないことは、このモデルの限界として明確にしておく必要がある。そこで、我々は、外部被ばくの100mSv問題を解決した次に、「内部被ばく」による健康影響という論点と取り組む必要がある。なぜなら、「内部被ばく」に踏み込んでこそ、「低線量被ばくによる健康影響」という問題の全体像に初めて迫ることができ、「内部被ばく」抜きでは、「低線量被ばくによる健康影響」という問題の核心部分が依然未解明のままであるからである。

第4、内部被ばくによる健康影響の統計的解明

1、問題の所在

 「内部被ばくによる健康影響」については、原爆投下直後、広島で被爆者の救援にあたった肥田俊太郎医師の次の証言が知られている。
《(原告代理人注:40度の)熱がありますから、当然扁桃腺を診るんですよね。扁桃腺が腫れれば高い熱が出ますからね。そう思って、非常に苦労して被爆者の口の中を診ますと、医者が自分の顔を被爆者の口に近づけて持って行けないほど、もの凄く臭いんですよね。これは、単に口臭があるというような匂いなんかではなくって、腐敗している匂いなんですね。人間がまだ生きているのに、何で口の中が腐っていくのかが解らない。》(2012127日日本記者クラブでの「市民と科学者の内部被曝問題研究会」の設立記者会見) 
では、この証言で示された「内部被ばくによる健康影響」について、これまで、統計的に解明した研究が存在するか。

2、結論

 既に優れた研究が公表されており、その代表的なものの1つとして、甲B151大瀧ら論文を紹介する。

 外部被ばくと同様、「内部被ばくによる健康影響」の「健康影響」の態様にも、被ばく直後に発症する急性症状と長い潜伏期間を経て発症する晩発性(後障害)症状の2つの類型がある。以下、両者を区別して論じる。

(2)、急性症状と晩発性(後障害)症状


 雑誌「科学」2016年8月号掲載の論文「広島原爆被爆者における健康障害の主要因は放射性微粒子被曝である」は、広島の原爆被爆者の健康被害の実態をつぶさに検討する中で、従来の分析手法である初期放射線=「外部被ばくによる健康影響」という観点では解明できない矛盾を明らかにし、この矛盾を解くカギを放射性微粒子の吸飲により体内にもたらされた「内部被ばくによる健康影響」に見い出し、その観点から「内部被ばくによる健康影響」について急性症状と晩発性症状の両方の類型を統計的に解明した研究である。
 以下、順番に解説する。
①.急性症状
 大瀧ら論文は、1957年に広島市で広島原爆被爆者(直爆者及び入市者)の被爆直後にみられた急性症状発症と被爆状況について聞き取り調査をした於保医師が公表したデータに基づき、初期放射線被ではなく、残留放射線被と急性症状発症の有無との関係について再分析を行った(820~821頁)。この分析により得られた結果が以下の表2である(甲B151。822頁)。

大瀧ら論文によると、ここから「③ 原爆直後に市内に入った人は遠くで被爆した人ほど高値」(大瀧ら論文820頁右段中ほど)が得られた。初期放射線被曝だけなら遠くで被爆した人ほど値が低くなるのに、ここではそれと正反対の「遠くで被爆した人ほど値が高くなる」事態が起きたことになる。どのようにしてこの結論が得られたか。それは次のようにして得られたものである。
 表2の結果を今回の回帰分析の以下の式(820頁右段14~20行目)に
当てはめると、

ここで、‘distは被爆地点の爆心地からの距離km、‘outdは遮蔽状況を表す指示変数(屋外で被爆:0、 屋内で被爆:1)、‘entは中心地(爆心地近傍)への出入りを表す指示変数(中心地に入った:1、入らなかった:0

上記式の4番目の項のdist-2.0)×entの影響を表す係数(傾き)βの推定値は表2により0.5であるから、その結果、β(dist2.0)×entは、中心地に入ったent=1の場合のみにdist被爆地点の爆心地からの距離)が大きければ大きいほど1km当たり0.5ずつ急性症状発症の危険度が増加することを意味する。

②.晩発性(後障害)症状
ア、広島大学の被爆者コホート[1]データに基づく最近の研究結果
(ア)、大瀧ら論文は、広島原爆被爆者のうち、60歳未満のときに爆心地から2km以内で被爆し、1970年1月1日時点で広島県内に居住(生存)していた18181人(男性6823人、女性11358人)における1970年~2010年の期間での固形がん死亡数と初期被爆線量、被爆距離等のデータを解析し、男女別、被爆時年齢階級別、被爆距離階級別および被爆地点方向別に、全日本を基準集団とした期待死亡数、観察対象者の死亡数および両者の比(標準化死亡率。ここではSMRと略称)を算出した。それが大瀧ら論文表4(甲B151。823~824頁)であり、それを視覚化したのが以下の図4(甲B151。825頁)である。

(イ)、考察
一見すると、上記図4は観察対象者の初期被爆線量と被爆距離との関係を示した以下の図3(甲B151大瀧ら論文822頁)とおおむね似ているすなわち初期被爆線量とSMRの間に強い関連性があるように見えるかもしれない。

しかし、大瀧ら論文は「詳細に観てみるといろいろ両者の距離依存性には大きな違いが存在していることが判る」と、以下の「注目される違い」を指摘する。
第1に、図3から被爆距離が1.2km~1.4kmでの初期被爆線量(約700mSv前後)は1.0km~1.2kmでの初期被爆線量(約1.5Sv)の約50%程度となだらかに減少しているが、これに対し、SMRの値は図4から、男女ともほぼ全ての被爆時年齢層において、被爆距離1.2km付近まで急激に低下し、それ以降は2.0km付近までほぼ同一の水準で推移している。なぜこれが注目に値するかというと、放射線被曝による発がんの過剰相対リスク(ERR)は被曝線量と共に直線的に増大するというLNTモデルではこのような被曝距離依存性に対して図3の初期被爆線量では説明できないからである.
第2に、SMRが爆心地を中心としてどのように地理分布をしているかを見ると、被爆時年齢が10歳代の男性の場合(図4の②)、爆心地近傍を含めて爆心地から西側ではSMRの値は被爆距離が遠くなると共に増大し、2.0kmの円環付近に限ってみると、西側の方が東側よりも高い傾向が認められる。これは、SMRの値がピカによる初期線量(初期被爆線量)だけでは単純に説明できない特徴を有していることを物語る[2]
()、小括
 以上から、広島の原爆被爆者で爆心地から2.0km以内で被爆した直接被爆者を対象にした被爆後の後障害である固形がん死亡の超過危険度の被爆地点依存性の特徴は、外部被ばくを前提とした初期線量やLNTモデルでは説明できないことが明らかとなった。

イ、広島原爆投下当日、広島市内に入市した兵士集団のアンケート調査(2016年)の検討
()、問題の所在
広島原爆では被爆距離が1.9km以遠の遠距離被爆者や入市者の中から高頻度で急性症状を発症した。しかし、彼らは全員、急性症状発症の閾値とされている1Gyの線量に達しない、100mGy未満の被爆線量(初期線量+残留放射線量)だった。では、なぜ彼らの多くが急性症状を発症したのか。
この疑問に答えるため、大瀧氏らは、「放射性微粒子の吸飲による内部被曝がその要因ではないか」という仮説を立て、これを検証するため、2016年、原爆投下当日広島市外で招集され、当日広島市内に入市した陸軍船舶特別幹部候補生142名を対象としたアンケート調査を行った(有効回答者数は64名)。
(イ)、調査結果と解析
主な質問項目は、入市した場所および時間、その時の市内の火事や‘粉塵’の状況、作業した場所、作業内容およびその時の‘粉塵曝露状況、その後の健康状態である。作業場所および作業中の粉塵曝露の有無により、以下の表7(甲B151大瀧ら論文827頁)の通り、A群、B群、C群、D群の4群に分け、 急性症状の発症の有無およびがん罹患既往歴の有無について、A群を基準(対照)とする各群のオッズ比[3]を次のようにして算出した。
①.ある集団である疾患が起こるリスクを P とするとその疾病に関するその集団のオッズは次のように表される。
オッズ=P/(1-P)
②.症例の集団(群)と対照の集団(群)との間で、ある疾患への罹りやすさを示す尺度であるオッズ比は、両群のオッズの値の比として次のように表される。
オッズ比=症例群のオッズ/対照群のオッズ
③.急性症状発症について、例えばA群及びD群のデータが以下の通りであるとき(ただし、不詳は対象外とした)、群を基準としたD群のオッズ比は次の計算で導かれる。

症状有
症状無
A群(2km以遠かつ曝露無)
3
11
D群(2km以内かつ曝露有)
16
5
A群のオッズ=3/11
D群のオッズ=16/5
∴A
群を基準としたD群のオッズ比=D群のオッズ/A群のオッズ=16/5/3/11=16×11/5×3=11.7‥‥


結果は以下の図5および図6(甲B151大瀧ら論文827頁)の通りである.

爆心地から半径2.0km以内で作業し、‘粉塵’を浴びたD群において、急性症状様の症状の発症危険度やがんの既往歴危険度が対照群であるA群に比べてオッズ比(の推定値)として10倍を超える高い上昇が検出された。
この結果について、大瀧ら論文は次のような結論を述べている。
《この解析での標本数は総計で64例とかなり少数ではあるが、 A群~D群の何れの群も年齢、健康状況、原爆投下当日の行動などの背景要因がほぼ均一な集団で構成されていることや爆心地近くに入市していても粉塵に非被曝(被曝関連の記載が無い場合も含む)であったC群でのオッズ比が何れも3.0未満であることに留意すれば、この結果は、放射化した微粒子を吸い込んだことによる内部被曝による健康影響を如実に示唆しているのではなかろうか.》(甲B151。827頁右段9行目以下)

4、小括

以上の通り、広島原爆の被爆者の健康障害の原因を統計的に解析した大瀧ら論文の結論は明快であり、
そのエッセンスは同論文のラストに次の通り述べられている。
《これまでに報告されている研究によれば,原爆被爆者のうち遠距離被爆者や入市者の場合に推定されている放射線量は高々数十mGyであるということになっている。この程度の低線量放射線被曝が,ほんとうに急性症状発症の頻発や20%近い固形がん死亡超過危険度をもたらしたのであろうか?この疑問に対して,我々は,曝露源が微粒子である場合の放射線量が桁違いに過小評価されていることが問題の根源であり,それを適正化すれば,自然に解決できるものと考えている。特に, 放射線の線種がα線やβ線の電荷を持った粒子線の場合には,透過力が弱いために内部被曝の状況では従来法による測定そのものが困難であったことを付記しておく。‥‥
5 結語
広島原爆被爆者の急性症状発症状況や固形がん死亡の超過危険度は,初期放射線だけでは説明できず,残留放射能を含む放射性微粒子の曝露が大きく関与しているものと思われる。》(甲B151。828頁右段下から12行目~829頁)

第5、結語

以上の第1から第4までの検討により、一方で外部被ばくを前提とした低線量被ばくによる健康影響についてはLNTモデルに基づいて防護対策をとることが最良であること、他方で、内部被ばくの問題こそ、外部被ばくだけでは説明し切れない放射線被ばくによる健康影響を解明する最重要論点であることが明らかにされた。そして、福島原発事故によって放出された放射性セシウムを含有する不溶性放射性微粒子の内部被ばくがもたらす健康被害の究明はこれからなのである。行政訴訟原告らが現在の学校環境で教育を受けることについて最も恐れているのはその点であり、国賠訴訟原告らが無用な被ばくをさせられたことによる健康影響について最も懸念し、苦痛を感じているのもその点にある。裁判所におかれては、内部被ばくの危険性を具体的に追求した原告主張「セシウムボールの危険性」(原告準備書面(45))、「不溶性放射性微粒子による被ばくリスク」(同書面(51))、「土壌に含まれる放射性物質の存在形態」(同書面(63))が本裁判の中心論点であることを肝に銘じられたい。
以 上

 



[1] 疫学用語で、「一定期間にわたって追跡される人の集団」という意味。ある疾患の起こる可能性がある集団を設定し、一定期間、疾患の罹患や死亡などを観察し追跡を続ける研究をコホート研究という。
[2] その後、大瀧氏らは、 多段階発がん数理モデルの適用による解析を行い、 広島原爆被爆者の固形がん死亡危険度に対しては図4が示した被爆距離に関する折れ線モデルの方が従来の初期放射線に基づくモデルよりも高い適合度を持つことを明らかにし、初期放射線以外の遮蔽の影響を受けにくい曝露要因が広島原爆被爆者の固形がん死亡の超過リスクに大きく影響していることを見出した(大瀧 慈、 大谷敬子冨田哲治佐藤裕哉、 原 憲行川上秀史瀧原義弘、 星 正治佐藤健一: 広島原爆被爆者における固形がん死亡超過の主要因は初期被爆線量ではない-性別・被爆時年齢階級別の初期線量・被爆距離の説明力の比較解析-、 広島医学 69369-373 2016.甲B152)。
[3]生命科学等の分野で、ある疾患などへの罹りやすさを2つの群で比較して示す統計学的な尺度である.オッズ比が1の場合、ある疾患への罹りやすさが両群で同じことを意味し、1より大きい場合、疾患への罹りやすさが分母の群でより高いこと、1より小さい場合、分母の群でより低いことを意味する。