2019年2月22日金曜日

【報告】LNTモデルの限界と真の課題である「内部被ばく」に正面から取り組んだ統計的解析の論文の紹介(2019.2.20)

LSS14報の不正問題をただし、LSS14データの正しい再分析を行った結果、
「100mSv以下の被ばくにより健康影響がある」とする閾値なしの線形モデル(いわゆるLNTモデル)が最良のモデルであることが導かれ、なおかつ、
このLNTモデルは「仮説」にすぎず科学的知見ではないという批判が的外れであることが判明したあとの課題は何か?
--それは、NTモデルの限界を明らかにし、そこから「「低線量被ばくによる健康影響」という問題にとって真の課題とは何かを明らかにすることです。

結論として、
第1に、LNTモデルではたとえ低線量被ばくによる健康影響を解明し得たとしても、それはあくまでも外部被ばくによる影響にとどまり、内部被ばくによる影響の解明までには及ばない。
第2に、内部被ばくに踏み込んでこそ、「低線量被ばくによる健康影響」という問題の全体像に初めて迫ることができ、「内部被ばく」抜きでは、「低線量被ばくによる健康影響」という問題の核心部分が依然未解明のままである。そこで、「内部被ばく」による健康影響という論点と正面から取り組む必要がある。
第3に、「内部被ばく」による健康影響という論点と正面から取り組んだ論考(統計的解析)の1つとして、雑誌「科学」2016年8月号に掲載された論文「広島原爆被爆者における健康障害の主要因は放射性微粒子被曝である」がある。
第4に、子ども脱被ばく裁判においても、原告は、「内部被ばく」による健康影響の脅威と正面から向き合う立場から、これまでに、内部被ばくの危険性を具体的に追求した「セシウムボールの危険性」(原告準備書面(45))、「不溶性放射性微粒子による被ばくリスク」(同書面(51))、「土壌に含まれる放射性物質の存在形態」(同書面(63))を主張、立証してきた。これが本裁判の中心論点であることを改めて肝に銘じていただきたい。

以上について述べたのが、今回提出の準備書面(67)で、第3と第4の論点です。
そのPDFは
--> 本文



         ***************

原告  原告1-1ほか
被告  国ほか
準備書面(67)
――LSS14報の統計不正問題、その再検証により最良と判明
したLNTモデル及びその限界――
2019年 2月 8日
福島地方裁判所民事部 御中        

原告ら訴訟代理人   柳 原  敏 夫
ほか18名  
目 次

はじめに                        略
第1、100mSv‥‥                略

第2、LNTモデル批判に対する反論  


第3、LNTモデルの限界と真の課題


1、問題の所在


 もともと放射線被ばくによる健康影響の原因には人体の外部からの被ばく(外部被ばく)と人体内部における被ばく(内部被ばく)の2つの類型がある。LNTモデルではたとえ低線量被ばくによる健康影響を解明し得たとしても、あくまでも外部被ばくによる影響にとどまり、もう一方の内部被ばくによる影響の解明まで及ばないのではないか。
 つまり、LNTモデルの射程距離は外部被ばくの類型にとどまり、内部被ばくの類型まで及ばないのではないか。

2、結論


 その通りであり、LNTモデルの射程距離は内部被ばくの類型まで及ばない。

3、理由


LNTモデルの当てはまりのよさが問題となったLSSデータにおいて、最も重要な情報である「被曝量」を推定するため被爆者の被爆位置と遮蔽情報の把握に努めているが、これは被爆者がどれくらいの初期放射線を浴びたかを推定するためである。すなわち、ここで問うている被ばくはいわゆる「ピカ」という初期放射線の線量であり、外部被ばくを問題にしている。従って、LSSデータに対する当てはまりのよさが問題となったLNTモデルも外部被ばくによる健康影響を解明するものであり、それ以上、内部被ばくによる健康影響にまで及ばない(この点を指摘した甲B151大瀧慈・大谷敬子「広島原爆被爆者における健康障害の主要因は放射性微粒子被曝である」(以下大瀧ら論文という)826頁左段参照)。
4、LNTモデルの限界が示す真の課題
LNTモデルが明らかにしようとしているのは低線量による健康被害のうち「外部被ばく」による健康影響であって、それ自身が重要なものであることはいくら強調してもし足りないが、にもかかわらず、このモデルが「内部被ばく」による健康影響について解明するものでないことは、このモデルの限界として明確にしておく必要がある。そこで、我々は、外部被ばくの100mSv問題を解決した次に、「内部被ばく」による健康影響という論点と取り組む必要がある。なぜなら、「内部被ばく」に踏み込んでこそ、「低線量被ばくによる健康影響」という問題の全体像に初めて迫ることができ、「内部被ばく」抜きでは、「低線量被ばくによる健康影響」という問題の核心部分が依然未解明のままであるからである。

第4、内部被ばくによる健康影響の統計的解明

1、問題の所在

 「内部被ばくによる健康影響」については、原爆投下直後、広島で被爆者の救援にあたった肥田俊太郎医師の次の証言が知られている。
《(原告代理人注:40度の)熱がありますから、当然扁桃腺を診るんですよね。扁桃腺が腫れれば高い熱が出ますからね。そう思って、非常に苦労して被爆者の口の中を診ますと、医者が自分の顔を被爆者の口に近づけて持って行けないほど、もの凄く臭いんですよね。これは、単に口臭があるというような匂いなんかではなくって、腐敗している匂いなんですね。人間がまだ生きているのに、何で口の中が腐っていくのかが解らない。》(2012127日日本記者クラブでの「市民と科学者の内部被曝問題研究会」の設立記者会見) 
では、この証言で示された「内部被ばくによる健康影響」について、これまで、統計的に解明した研究が存在するか。

2、結論

 既に優れた研究が公表されており、その代表的なものの1つとして、甲B151大瀧ら論文を紹介する。

 外部被ばくと同様、「内部被ばくによる健康影響」の「健康影響」の態様にも、被ばく直後に発症する急性症状と長い潜伏期間を経て発症する晩発性(後障害)症状の2つの類型がある。以下、両者を区別して論じる。

(2)、急性症状と晩発性(後障害)症状


 雑誌「科学」2016年8月号掲載の論文「広島原爆被爆者における健康障害の主要因は放射性微粒子被曝である」は、広島の原爆被爆者の健康被害の実態をつぶさに検討する中で、従来の分析手法である初期放射線=「外部被ばくによる健康影響」という観点では解明できない矛盾を明らかにし、この矛盾を解くカギを放射性微粒子の吸飲により体内にもたらされた「内部被ばくによる健康影響」に見い出し、その観点から「内部被ばくによる健康影響」について急性症状と晩発性症状の両方の類型を統計的に解明した研究である。
 以下、順番に解説する。
①.急性症状
 大瀧ら論文は、1957年に広島市で広島原爆被爆者(直爆者及び入市者)の被爆直後にみられた急性症状発症と被爆状況について聞き取り調査をした於保医師が公表したデータに基づき、初期放射線被ではなく、残留放射線被と急性症状発症の有無との関係について再分析を行った(820~821頁)。この分析により得られた結果が以下の表2である(甲B151。822頁)。

大瀧ら論文によると、ここから「③ 原爆直後に市内に入った人は遠くで被爆した人ほど高値」(大瀧ら論文820頁右段中ほど)が得られた。初期放射線被曝だけなら遠くで被爆した人ほど値が低くなるのに、ここではそれと正反対の「遠くで被爆した人ほど値が高くなる」事態が起きたことになる。どのようにしてこの結論が得られたか。それは次のようにして得られたものである。
 表2の結果を今回の回帰分析の以下の式(820頁右段14~20行目)に
当てはめると、

ここで、‘distは被爆地点の爆心地からの距離km、‘outdは遮蔽状況を表す指示変数(屋外で被爆:0、 屋内で被爆:1)、‘entは中心地(爆心地近傍)への出入りを表す指示変数(中心地に入った:1、入らなかった:0

上記式の4番目の項のdist-2.0)×entの影響を表す係数(傾き)βの推定値は表2により0.5であるから、その結果、β(dist2.0)×entは、中心地に入ったent=1の場合のみにdist被爆地点の爆心地からの距離)が大きければ大きいほど1km当たり0.5ずつ急性症状発症の危険度が増加することを意味する。

②.晩発性(後障害)症状
ア、広島大学の被爆者コホート[1]データに基づく最近の研究結果
(ア)、大瀧ら論文は、広島原爆被爆者のうち、60歳未満のときに爆心地から2km以内で被爆し、1970年1月1日時点で広島県内に居住(生存)していた18181人(男性6823人、女性11358人)における1970年~2010年の期間での固形がん死亡数と初期被爆線量、被爆距離等のデータを解析し、男女別、被爆時年齢階級別、被爆距離階級別および被爆地点方向別に、全日本を基準集団とした期待死亡数、観察対象者の死亡数および両者の比(標準化死亡率。ここではSMRと略称)を算出した。それが大瀧ら論文表4(甲B151。823~824頁)であり、それを視覚化したのが以下の図4(甲B151。825頁)である。

(イ)、考察
一見すると、上記図4は観察対象者の初期被爆線量と被爆距離との関係を示した以下の図3(甲B151大瀧ら論文822頁)とおおむね似ているすなわち初期被爆線量とSMRの間に強い関連性があるように見えるかもしれない。

しかし、大瀧ら論文は「詳細に観てみるといろいろ両者の距離依存性には大きな違いが存在していることが判る」と、以下の「注目される違い」を指摘する。
第1に、図3から被爆距離が1.2km~1.4kmでの初期被爆線量(約700mSv前後)は1.0km~1.2kmでの初期被爆線量(約1.5Sv)の約50%程度となだらかに減少しているが、これに対し、SMRの値は図4から、男女ともほぼ全ての被爆時年齢層において、被爆距離1.2km付近まで急激に低下し、それ以降は2.0km付近までほぼ同一の水準で推移している。なぜこれが注目に値するかというと、放射線被曝による発がんの過剰相対リスク(ERR)は被曝線量と共に直線的に増大するというLNTモデルではこのような被曝距離依存性に対して図3の初期被爆線量では説明できないからである.
第2に、SMRが爆心地を中心としてどのように地理分布をしているかを見ると、被爆時年齢が10歳代の男性の場合(図4の②)、爆心地近傍を含めて爆心地から西側ではSMRの値は被爆距離が遠くなると共に増大し、2.0kmの円環付近に限ってみると、西側の方が東側よりも高い傾向が認められる。これは、SMRの値がピカによる初期線量(初期被爆線量)だけでは単純に説明できない特徴を有していることを物語る[2]
()、小括
 以上から、広島の原爆被爆者で爆心地から2.0km以内で被爆した直接被爆者を対象にした被爆後の後障害である固形がん死亡の超過危険度の被爆地点依存性の特徴は、外部被ばくを前提とした初期線量やLNTモデルでは説明できないことが明らかとなった。

イ、広島原爆投下当日、広島市内に入市した兵士集団のアンケート調査(2016年)の検討
()、問題の所在
広島原爆では被爆距離が1.9km以遠の遠距離被爆者や入市者の中から高頻度で急性症状を発症した。しかし、彼らは全員、急性症状発症の閾値とされている1Gyの線量に達しない、100mGy未満の被爆線量(初期線量+残留放射線量)だった。では、なぜ彼らの多くが急性症状を発症したのか。
この疑問に答えるため、大瀧氏らは、「放射性微粒子の吸飲による内部被曝がその要因ではないか」という仮説を立て、これを検証するため、2016年、原爆投下当日広島市外で招集され、当日広島市内に入市した陸軍船舶特別幹部候補生142名を対象としたアンケート調査を行った(有効回答者数は64名)。
(イ)、調査結果と解析
主な質問項目は、入市した場所および時間、その時の市内の火事や‘粉塵’の状況、作業した場所、作業内容およびその時の‘粉塵曝露状況、その後の健康状態である。作業場所および作業中の粉塵曝露の有無により、以下の表7(甲B151大瀧ら論文827頁)の通り、A群、B群、C群、D群の4群に分け、 急性症状の発症の有無およびがん罹患既往歴の有無について、A群を基準(対照)とする各群のオッズ比[3]を次のようにして算出した。
①.ある集団である疾患が起こるリスクを P とするとその疾病に関するその集団のオッズは次のように表される。
オッズ=P/(1-P)
②.症例の集団(群)と対照の集団(群)との間で、ある疾患への罹りやすさを示す尺度であるオッズ比は、両群のオッズの値の比として次のように表される。
オッズ比=症例群のオッズ/対照群のオッズ
③.急性症状発症について、例えばA群及びD群のデータが以下の通りであるとき(ただし、不詳は対象外とした)、群を基準としたD群のオッズ比は次の計算で導かれる。

症状有
症状無
A群(2km以遠かつ曝露無)
3
11
D群(2km以内かつ曝露有)
16
5
A群のオッズ=3/11
D群のオッズ=16/5
∴A
群を基準としたD群のオッズ比=D群のオッズ/A群のオッズ=16/5/3/11=16×11/5×3=11.7‥‥


結果は以下の図5および図6(甲B151大瀧ら論文827頁)の通りである.

爆心地から半径2.0km以内で作業し、‘粉塵’を浴びたD群において、急性症状様の症状の発症危険度やがんの既往歴危険度が対照群であるA群に比べてオッズ比(の推定値)として10倍を超える高い上昇が検出された。
この結果について、大瀧ら論文は次のような結論を述べている。
《この解析での標本数は総計で64例とかなり少数ではあるが、 A群~D群の何れの群も年齢、健康状況、原爆投下当日の行動などの背景要因がほぼ均一な集団で構成されていることや爆心地近くに入市していても粉塵に非被曝(被曝関連の記載が無い場合も含む)であったC群でのオッズ比が何れも3.0未満であることに留意すれば、この結果は、放射化した微粒子を吸い込んだことによる内部被曝による健康影響を如実に示唆しているのではなかろうか.》(甲B151。827頁右段9行目以下)

4、小括

以上の通り、広島原爆の被爆者の健康障害の原因を統計的に解析した大瀧ら論文の結論は明快であり、
そのエッセンスは同論文のラストに次の通り述べられている。
《これまでに報告されている研究によれば,原爆被爆者のうち遠距離被爆者や入市者の場合に推定されている放射線量は高々数十mGyであるということになっている。この程度の低線量放射線被曝が,ほんとうに急性症状発症の頻発や20%近い固形がん死亡超過危険度をもたらしたのであろうか?この疑問に対して,我々は,曝露源が微粒子である場合の放射線量が桁違いに過小評価されていることが問題の根源であり,それを適正化すれば,自然に解決できるものと考えている。特に, 放射線の線種がα線やβ線の電荷を持った粒子線の場合には,透過力が弱いために内部被曝の状況では従来法による測定そのものが困難であったことを付記しておく。‥‥
5 結語
広島原爆被爆者の急性症状発症状況や固形がん死亡の超過危険度は,初期放射線だけでは説明できず,残留放射能を含む放射性微粒子の曝露が大きく関与しているものと思われる。》(甲B151。828頁右段下から12行目~829頁)

第5、結語

以上の第1から第4までの検討により、一方で外部被ばくを前提とした低線量被ばくによる健康影響についてはLNTモデルに基づいて防護対策をとることが最良であること、他方で、内部被ばくの問題こそ、外部被ばくだけでは説明し切れない放射線被ばくによる健康影響を解明する最重要論点であることが明らかにされた。そして、福島原発事故によって放出された放射性セシウムを含有する不溶性放射性微粒子の内部被ばくがもたらす健康被害の究明はこれからなのである。行政訴訟原告らが現在の学校環境で教育を受けることについて最も恐れているのはその点であり、国賠訴訟原告らが無用な被ばくをさせられたことによる健康影響について最も懸念し、苦痛を感じているのもその点にある。裁判所におかれては、内部被ばくの危険性を具体的に追求した原告主張「セシウムボールの危険性」(原告準備書面(45))、「不溶性放射性微粒子による被ばくリスク」(同書面(51))、「土壌に含まれる放射性物質の存在形態」(同書面(63))が本裁判の中心論点であることを肝に銘じられたい。
以 上

 



[1] 疫学用語で、「一定期間にわたって追跡される人の集団」という意味。ある疾患の起こる可能性がある集団を設定し、一定期間、疾患の罹患や死亡などを観察し追跡を続ける研究をコホート研究という。
[2] その後、大瀧氏らは、 多段階発がん数理モデルの適用による解析を行い、 広島原爆被爆者の固形がん死亡危険度に対しては図4が示した被爆距離に関する折れ線モデルの方が従来の初期放射線に基づくモデルよりも高い適合度を持つことを明らかにし、初期放射線以外の遮蔽の影響を受けにくい曝露要因が広島原爆被爆者の固形がん死亡の超過リスクに大きく影響していることを見出した(大瀧 慈、 大谷敬子冨田哲治佐藤裕哉、 原 憲行川上秀史瀧原義弘、 星 正治佐藤健一: 広島原爆被爆者における固形がん死亡超過の主要因は初期被爆線量ではない-性別・被爆時年齢階級別の初期線量・被爆距離の説明力の比較解析-、 広島医学 69369-373 2016.甲B152)。
[3]生命科学等の分野で、ある疾患などへの罹りやすさを2つの群で比較して示す統計学的な尺度である.オッズ比が1の場合、ある疾患への罹りやすさが両群で同じことを意味し、1より大きい場合、疾患への罹りやすさが分母の群でより高いこと、1より小さい場合、分母の群でより低いことを意味する。
 






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