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2026年6月1日月曜日

【振り返り】子ども脱被ばく裁判:山下尋問、鈴木尋問――その楽屋裏――(25.8.31)

 以下は、10年やった子ども脱被ばく裁判の振り返り。ここでは「山下尋問、鈴木尋問――その楽屋裏――」

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山下尋問、鈴木尋問――その楽屋裏――

1、二人の証人尋問に至るまで

 紛争は紛争当事者とその周りの関係者の正体を明るみにするリトマス試験紙です。本裁判でも山下俊一と鈴木眞一という二人の医師の証人尋問をめぐって彼らの正体が明るみにされました。以下、そのささやかな報告です。 

(1)、山下俊一の証人尋問
 それは被告側も最初から覚悟していた。しかし、意外だったのは彼を放射線健康リスク管理アドバイザーとして招へいした福島県が彼の証人尋問に「勝手にやってくれ」と投げやりの態度で、それにあわてた国が福島県に代わって彼の事情を裁判所に必死に説明したことだった。その様子から山下俊一が311直後の福島入りは表向き、福島県や福島県立医大の働きかけとされていたが、真の仕掛け人は国だった。マキャベリはどこかで「君主は聖人である必要はないが、そう見える必要がある」と書いてましたが、山下俊一はそれを地で行く、白衣をまとった政治家のような人物でした。2011年5月3日の二本松市の講演で、質問に立った地元の寺の住職が「本当にここが安全だと言うのであれば、お孫さんを連れてここの砂場で遊んでいただきたい。できますか」と彼に迫った時、「それで私を信じてくれるのならお安い御用、私は是非住職さんとのお約束を守りたいと思います」と言い放った。しかし、それから14年間、彼はその約束を一度も実行しなかった。

(2)、鈴木眞一の証人尋問 

 それに比べ、鈴木眞一の証人尋問は難産でした。山下俊一のような311直後の放言・暴言がある訳でもなかったから。しかし、彼は原発事故による健康被害を象徴する小児甲状腺がんの手術を執刀した主役であり、進行中の小児甲状腺がんの症例を最もよく知る人物として――当時、彼は甲状腺検査の検査責任者から外され、メディアからも完全に隔離されていた――彼の証言が決定的に重要だった。

 ということで、2019年7月、半ばダメもとで彼を証人として申請したところ、意外にも裁判所がこれに乗り気で、「鈴木証人を2回の期日に分けて尋問しては?」とまで口にした。これに驚愕、猛反発したのが国と福島県。すぐさま、彼の証人採用の必要がないことを強調、裁判所が提案した5つの期日に彼は手術等の所用のため全て出廷できない旨のやる気のなさ満々の意見書を次々と提出。対する原告も返す刀で反論書を次々と提出。かくして鈴木証人の採否をめぐる原告被告間の応酬が10月末まで続き、抵抗する福島県の外堀りはじわじわと埋められ、最終的に彼の証人尋問が実現しました。

 実現に至った最大の立役者は裁判所の訴訟指揮だった。このとき、抵抗する福島県に対し裁判長は次の提案で応えました(しかし、彼は後に君主豹変した)。

・鈴木眞一を証人として採用する必要性・重要性は否定できない。
・ただし、普通に証人尋問をやっても真相解明に貢献する有益な尋問になるとは限らない。
・そこで、実りある尋問を実現するために工夫が必要になる、裁判所がこの間検討してきた結果、事前に次のQ&Aを準備することを提案する。
 ①.原告から、予め鈴木に尋問する質問の一覧(Q&A)を提出、
 ②.それに回答するため、福島県は鈴木の陳述書(Q&A)を提出。
 ③.このQ&Aに基づいて本番の証人尋問を実施。

・尋問の方法につき、多忙な鈴木を職場で出張尋問(非公開)の方法もあるが、出張尋問の人数、設備等から、また福島地裁は鈴木の職場とそう遠くないことから、裁判所は公開の法廷で証人尋問を実施したい。
 以上を踏まえて、私たちは鈴木に尋問する質問の一覧書面を提出。これに対し、鈴木は意外なことに私たちの詳細なに詳細なをもって回答、かくして本番の準備が整った。

 ではなぜ裁判所はここまで鈴木眞一の証人尋問に熱心だったのか。ひとつにはそれまでに私たちと福島県との間で甲状腺検査の経過観察問題をめぐる長い応酬があったからです。

2、経過観察問題

 それは311後に福島県で発症した小児甲状腺がんの症例数を隠蔽する問題です。2017年3月、NPO法人「3・11甲状腺がん子ども基金」の会見で、福島県は県民健康調査の甲状腺検査の二次検査で「経過観察」とされた子ども単純合計で2523人(同年2月20日現在)は、その後「悪性ないし悪性疑い」が発見されてもその数を公表していなかった事実、つまり福島県が公表した患者数以外にも未公表の患者がいることが明らかになりました。

これを受け、同年5月、本裁判で私たちは福島県に対し、この症例数を明らかにすることを求めました。「県民の健康を守る」ことを使命とする福島県にとって当然開示すべき情報だからです。しかし、福島県はこれを拒否。理由は、福島県は 『経過観察』中に『悪性ないし悪性疑い』が発見された症例の数を把握していないから。

そこで、私たちは次の2つを再質問しました。

質問1: (1)、症例の数の把握について福島県はこれを把握する義務があると考えているのか?(2)、原告は、福島県にはこの義務があると考え、その根拠を示したので、これに対しても応答せよ。

質問2: 甲状腺検査で「経過観察」となった子どものうち、他の病院はともかく、福島県立医大付属病院で「悪性ないし悪性疑い」が発見された数は福島県は把握しているだろうから、せめてこれだけでも明らかにして欲しい。

これに対し福島県は次の回答をしました。

質問1に対し、(1)、福島県に、症例数を把握する義務はない。 (2)、福島県は、《福島県に症例数を把握する義務がある》とする原告主張とその根拠を全面的に争う。ただし、福島県にこの義務がないとする根拠を示す必要はない(=説明する責任はない)。

質問2に対し、福島県は、これを調査し、明らかにする余地はない。

さらに、私たちは次の質問をしました。

質問3: 鈴木眞一と山下俊一率いる長崎大学が提携して進める研究プロジェクトが上記の症例数を把握しているから、福島県も当然、症例数を把握しているのではないか。

これに対し、福島県は以下の回答をしました。

福島県と鈴木眞一らの研究グループとは別の組織、別の主体であり、福島県はこの研究グループとは何の関わりもない。それゆえ、この研究グループがどんな社会的使命を持ち、どんな目的で、どんな研究をしているか、福島県は知るよしもない。だから、この研究グループが症例数を把握していたとしても、福島県はこれを知るよしもない。

小児甲状腺がんの情報を独占する福島県は、裁判で小児甲状腺がんに関して事案解明の責任を負うにも関わらず、その責任のカケラも果たそうとしません。福島県のこの対応を見て、裁判所は、これは鈴木眞一から直接聞くしかないと証人尋問の必要性を確信したものと思われます。そして、鈴木眞一の次の言葉が最後のトドメになったと思われます。

3、鈴木眞一の言葉

 当時、彼はメディアも接触不可能な象牙の塔の中の人物でした。そこに風穴を開けるため、私たちは彼に面談申込の手紙を書き、そのあと彼の研究室に電話を掛けましたが、電話口の秘書は「手術中で電話に出られません」という居留守の対応。そこで一計を案じ、秘書の勤務時間終了直後を見計らって電話、すると運よく本人が電話口に。このとき、彼が福島県から証人尋問に応じないよう圧力がかけられていることが窺わせる以下のやり取りとなり、その事実を裁判所に伝え、改めて証人尋問の必要性を訴えました。

原告代理人「(面談の申入れを断られ)それでは、この電話で、出張尋問の実施のために貴殿のご都合をお聞かせいただきたい」

鈴木「答えるなと言われています(答えてるじゃないか)。すみません。断っていいと言われていますので、それ以上は申し訳ございません(二度も答えてるじゃないか)」

原告代理人「そこを何とか」

鈴木「私個人では対応できませんので(三度も答えてる)」

4、鈴木眞一と山下俊一の証言記録

 事前に作成したQ&A、当日の尋問の調書はhttps://x.gd/jVf2Tで読むことができます。

5、山下俊一発言の問題点と一審判決の評価

山ほど沢山あるのですが、ここでは特徴的なものだけを紹介します。
(1)
、時間差による山下発言の非科学性のあぶり出し

ふくしま集団疎開裁判の二審に一人踏みとどまった原告のお母さんに「放射能の安全基準をどうやって評価しているか」と質問した時、彼女は「311事故前の基準と比べて評価している」と答えました。事故前との比較、これが本裁判でも事故後の山下俊一発言が科学的知見から逸脱したものかどうかを照らし出す鏡でした。山下は3月20日の記者会見で「この数値(毎時20μSv)で安定ヨウ素剤を今すぐ服用する必要はありません」と断言した。しかし、311前のチェルノブイリ事故直後、ソ連では安定ヨウ素剤は配布されず、そのため多くの子どもたちがのちに甲状腺がん等の病気になったのに対し、隣国ポーランドでは直ちに安定ヨウ素剤を配布したため、子どもの甲状腺がんの発生はゼロだった、この事実を指摘したのは山下俊一その人です[1]
 山下は5月3日の二本松市講演で、「何度もお話しますように、100mSv以下では明らかに発ガンリスクは起こりません。」と安全性を断言した。しかし、311前、講演で、チェルノブイリ事故について「放射線降下物の影響により‥‥半減期の長いセシウム137などによる慢性持続性低線量被ばくの問題が危惧される[2]」、医療被ばくについて「主として20歳未満の人たちで、過剰な放射線を被ばくすると、10~100mSvの間で発がんが起こりうるというリスクを否定できません[3]」と低線量被ばくの危険性を指摘したのは山下俊一その人です。

 私たちは311後の山下発言と311前の彼の発言を「比較した時、その正反対とも言うべき矛盾した内容に果して同一人物の発言なのかといぶかざるを得ない」と子どもでも分かる明快な彼の矛盾を突いた。しかし、一審判決はこの明快な主張を全て無視、スルーしてこの問題から逃走したのです。

(2)、山下発言を誰がどう評価するか、という基本問題

 それは昔から、作品の意味を判定するのは作者か読者かという作品論として知られ、現在は作者が決定するのではなく、読む側つまり読者がその意味を決定するという見解が定説です。この定説によれば、山下発言の意味を決定するのは語り手(山下)ではなく、放射能の危険性について専門的知識を持たない聞き手(一般聴衆)です。さらに、311直後、一般聴衆にとって切実なことは、自分が知りたいと思っている問題について山下がどう発言したかという個別具体的な発言であって、山下講演の全体的な評価ではありません。山下講演の個々の発言中に「一つでも不合理な発言」を聞いた一般市民がそこから放射線健康リスクについて「不合理な結論」を引き出し、「すっかり安心して」それまで抱いていた放射能に対する警戒心を解いてしまう恐れがあったかどうか、ここで問題なのです。このような常識的な見解を私たちは主張しました。

 しかし、一審判決は一言も理由も述べずに私たちの主張を蹴っ飛ばし、山下発言の評価は山下本人がどう考えたかで判断すれば足りるとしました。つまり山下は「科学的知見を一般の参加者向けに平易に説明」しようとしたんだから、彼の発言はそう評価すれば足りる、つまり、もっぱら彼の意図を忖度して、彼の発言の「全体」や「前後の文脈」から彼が何を言わんとしたかを評価することが必要だとして、そのように評価すれば彼の発言は「科学的知見から逸脱したもの」とは言えないと判断したのです。

(3)、「37兆分の1過小評価発言」の評価

 「1ミリシーベルトの被ばくをすれば、遺伝子が1つ傷つく」という山下発言について、山下自身が法廷で「37兆分の1過小評価だった」と認めたものですら、一審判決は「前後の文脈を全体的に考慮すれば、いささか当を得ない評価であると言わざるを得ない」と山下自身が感激を抑え切れないほどの過剰擁護の評価を下して、そこから「科学的知見から逸脱した」ことを否定しました。

以 上

 

 



[1]論文「放射線の光と影:世界保健機関の戦略」20093月。537頁左段1行目以下。

[2] 講演「被爆体験を踏まえた我が国の役割」3頁(2000年)

[3] 上記論文543頁左段。

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